トップアスリート×47都道府県

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トップアスリート×47都道府県(宮城) フェンシング 菅原智恵子

勝つ醍醐味をもっと多くの人に感じてほしいから。

代表選手としての 確かな自覚をもって

北京五輪では日本人選手として初となる個人7位に入賞することができ、自分の中で燃え尽きた感があったので、ナショナルチームを離れて母校の気仙沼高校(旧・鼎が浦高校)の教諭に復職しました。そして昨年、日本フェンシング協会からコーチ復帰への要請があったので離職をして準備を進めていたところ、東日本大震災に被災。津波で甚大な被害を受けた故郷に心残りはありましたが、チームに戻ることを決意し、さらに選手としても復帰を果たしました。ロンドン五輪代表の公式発表を終え、あらためて代表選手としての自覚を深めるとともに、今年はフェンシングを始めてちょうど20年目に当たるので、節目にふさわしい試合ができればと意気込んでいます。また、担任をしていたクラスの教え子たちから携帯電話のメールで応援メッセージも届き、生徒たちに自分が頑張っている姿を見せたいという気持ちも高まっています。

競技技術だけでなく強いメンタルを醸成

私はフェンシングを高校の部活動から始めました。鼎が浦高校がフェンシングの強豪校のため設備面が充実しており、当時指導していただいたのが同じくロンドン五輪代表に選出された千田健太選手のお父様・健一氏であったという、とても恵まれた環境であったのが幸いでした。最近はジュニアの教室が増え、小さな頃から基礎をしっかり身につけている選手が多くなった気がします。私の場合は、部活動で厳しい練習を重ねながら、優れた指導者から技術はもちろん、競技に臨む心構えや強いメンタルを学ぶことができたことが今につながっていると思っています。特に、千田先生からは「明るく素直で一生懸命が大切」という言葉を教わり、指導者の立場になって、あらためてその言葉の重みを感じています。
現在、宮城から世界レベルの大会で活躍する選手が輩出するようになり喜ばしく思っていますが、まだまだ県内の競技人口は多くありません。もっとフェンシングに興味を持ってもらうためには、設備や練習場の充実が必要だと考えています。地域で行なうスポーツすべてにいえることですが、周囲のサポートと適切な指導者の存在が重要です。私自身も、地元でスポーツに挑戦してみたいという子どもたちを支え、いつか世界で活躍するような選手を育成するお手伝いができればと思っています。

菅原 智恵子すがわら ちえこ

フェンシング女子フルーレ個人・団体。2007年世界選手権で銅メダルを受賞し、翌年北京オリンピックで個人7位という快挙を達成。日本体育大学卒、宮城クラブ所属。気仙沼市出身。

宮城県内のtoto助成事例

多彩なスポーツが楽しめるグラウンドを実現

宮城県サッカー場Cグラウンド地域スポーツ施設整備助成


サッカーとラグビー用のラインが引かれているCグラウンド

天候に左右されずメンテナンスも容易

昭和63年に、サッカー専用グラウンドとして「宮城県サッカー場」が誕生。3面造られたうち、唯一のクレイグラウンドとして「Cグラウンド」が設置されました。他2面で敷かれている天然芝は養生期間を必要とするため、利用期間が限られるのが難点。土のグラウンドは季節を問いませんが、一度雨雪が降ると乾燥するまで使用不可能となります。「サッカースクールから県大会の会場まで幅広く使われていましたが、雨天中止となることも多かったのが残念でした」と、管理・運営を行なっている宮城県スポーツ振興財団の小松史嗣さん。そして、スポーツ振興くじ(toto)助成により、利用者にとってより利便性の高い「人工芝」のグラウンドが実現し、平成23年4月に念願のオープンを迎えました。
人工芝は水捌けがよく、天然芝よりも手入れが簡単なのが特徴。小松さんは、「現在はラグビーやグラウンドゴルフなどでも利用されており、県民の皆さんがより多彩な競技に親しむ施設に近づけたことがうれしいです」と話してくれました。