インタビュー

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インタビュー

「夢を与えてあげてください」世界一を知る名将が日本の指導者に贈る言葉

元日本代表主将の菊谷氏とともに「GROWING教室」スポーツ指導者向け講演会に登場

 世界を知る名将の言葉が、指導者たちの心に響き渡った。7月1日。沖縄・名護市内の会場で「GROWING教室」スポーツ指導者向け講演会が行われ、前ラグビー日本代表ヘッドコーチで現イングランド代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏が登場。2011年ワールドカップの日本代表主将で教え子でもある菊谷崇氏とともに、県内のスポーツ指導者を中心とした約80人を対象に講演を行った。

 スポーツくじの収益は、次世代選手の発掘育成、スポーツ指導者の養成、グラウンドの芝生化、地域スポーツ施設の整備など、スポーツ振興のために役立てられている。「GROWING教室」は、第一線で活躍しているスポーツパーソンを指導者として招いた教室で、スポーツの魅力(楽しさ、喜び)、スポーツの価値(自己実現、成長)を改めて体感する機会を提供することを目的として開催するものである。

 記念すべき第1回の講師を務めたのがジョーンズ氏。南アフリカ代表のチームアドバイザーを担い、2007年ワールドカップで優勝。現在、イングランド代表を率いる名指導者は、前日6月30日に宜野湾市内で県内の高校生約50人を対象として行ったラグビー教室に続き、この日は指導者を対象にスポーツ指導、人材育成のヒントを与えるべく、講演会を行った。

 世界的名将と元日本代表主将の貴重な言葉が聞ける機会とあって、当日は開場前から多くの参加者が列を作り、会場は熱気を帯びていた。そんな空気に包まれ、始まった講演の1つ目のテーマは「ラグビー、スポーツを通じた人材育成について」。高校の教員を経て、ラグビー指導者になったジョーンズ氏。若い世代の育成のポイントと考えていることは何なのか。

ジョーンズ「若い人たちを指導する際には基本を教えていくことが重要です。ラグビーで最も重要なことは、基本的なスキルを繰り返し、繰り返し練習するということ。それによってチームプレーが初めて理解できる。多くの若い方は今、コミュニケーションが取れなくなっているでしょう。ラグビーを通してコミュニケーションを図り、チームで一体となってお互いの強みを出し合っていくことが大事です」

 一方、菊谷氏は元日本代表の箕内拓郎氏、小野澤宏時氏とともに「ブリングアップラグビーアカデミー」を立ち上げ、小学生世代の指導を手掛け、高校日本代表のコーチも経験。育成年代の指導を行ってきた経験から、ラグビーが上達するポイントをどう見ているのか。

菊谷「僕が指導でこだわっていることは、練習で楽しめるメニューを提供することと、自主性を持ってもらうこと。そのために選手からしっかりと質問をしてもらうことを重要にしています。質問をすることによって、どういう意図をもって、今この練習に取り組んでいるのか、このプレーをすることで試合にどう生きるのかを自分で認識してもらうことが大事」

 この日は多くの指導者が参加していた。国内外を含め、豊富な指導経験を持つジョーンズ氏は、日本のスポーツ指導者の現状についてどう感じているのか。

ジョーンズ「まずは全体的に成長することが必要です。指導において非常に重要なことは、試合より高い強度(運動量)を与えて練習させること。それが練習以上の効果を生み出します。そうして自分を高められるようにストレスをかけ、その後に休ませるという繰り返し。バランスが大事になります。高校では練習を毎日やっていると思いますが、しっかりと休ませてバランスを取ることが重要と思います」

 ジョーンズ氏のポリシーを裏付けるように、菊谷氏は日本代表時代の恩師の指導エピソードを明かした。

菊谷「エディーさんのプレゼンですごく思い出に残っていることがあります。代表ではGPSをつけて強度を計った状態で練習していましたが、1分間に75メートル走る強度が日本のトップリーグ(日本の国内リーグ)、世界的強豪のオールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)は1分間に100メートル走るというデータを示し、『100メートル走る強度のニュージーランドを倒すために同じことをしていては勝てない。1分間に120メートル走る練習をするんだ』と言って、試合以上の強度を意識して練習からずっとやっていました。練習をきつくしようと、どんなチームでも言いますが、エディーさんは具体的にどういう目的かを提示した上での練習。もちろん大変でしたが、データで示してくれるので、頭に落とし込みやすく、勝つために必要という認識が全員に生まれ、やりやすかったです」

ジョーンズ氏が思う日本におけるラグビーの価値

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 序盤から大いに盛り上がり、参加者も熱心に耳を傾ける中、2つ目のテーマに挙がったのは「競技普及、次世代選手の発掘育成について」。野球、サッカーは文化として日本に根付きつつあるが、ラグビーが野球、サッカーに負けない魅力はどこにあると考えているのか。

ジョーンズ「日本の友人が教えてくれたことに、日本では70年前は人口の多くが田んぼの仕事をしていたということがあります。村に住んで仕事をし、村にはボスとなる村長がいる。みんなが一丸となって仕事をしないといけなかった。その意味で、ラグビーというスポーツは日本にとってすごく親和性の高いスポーツであると言えます。ラグビーはチームで戦わないと成功できない。チームで何かをやるというのは日本の文化の一部でもあると思います。2015年のワールドカップもチームで一丸となってやれば、どれだけのことを達成できるか証明できたと思います。当時、日本にはスーパーラグビー※のスタメン選手は1人。逆に南アフリカには31人いましたが、そんな相手に勝つことができました。みんなで一丸となってパワーを発揮し、何をどう達成したいかを共通理解すること。それを教えるというのは素晴らしいことです。ラグビーではそれが体験できます。日本でラグビーを強化するのは価値があることだと思います」

菊谷「ラグビーは15人でプレーしますが、グラウンドで1度にプレーする人数が一番多い球技のスポーツでもあります。そして、監督もスタンドで観戦し、試合中は指示できず、介入できない。選手が主体になることがすごく重要です。15人が勝ちたいという同じ意思を持っていても、こういうプレーがしたいと15通りの考え方がある中で、一つにまとめないといけない。集団の問題解決が求められるスポーツです。キャプテンに対して、ほかの14人が必ずしも聞く(盲従する)わけじゃない。一歩踏み出して意見することも必要かもしれない。正解は一つではありませんが、15人が15人で現状を打破する主体性を持った集団の問題解決が重要。そういう意味で、人間形成においてもすごくメリットが大きいスポーツと感じます」

 現在、日本ラグビー界はジョーンズ氏が率いた2015年ワールドカップの躍進、サンウルブズ(スーパーラグビーにおける日本チームの名称)のスーパーラグビー参戦などで熱気が高まっている。そんな中、競技普及の一つとして注目されているのが、ラグビーのルールを単純化した初心者向けのタグラグビー。このタグラグビーの大会の開催にもスポーツくじの収益が役立てられ、ラグビー文化発展の一翼を下支えしている。

ジョーンズ「本当に素晴らしいことです。色々なレベルでこうした助けをしていくことが重要。特にタグラグビーを通して若い子どもたちが、ディフェンスのポジショニングなどを理解できます。そうして、だんだんと人を増やして15人対15人までやれるようになる。ゆっくりとレベルを上げることで楽しんでラグビーができるし、若い頃にキャッチ、パスの方法はもちろん、スペースはどこにあるのか、サポートはどうしたらいいのか、学ぶことができます」

 日本では女子を含め、次世代選手の発掘・育成が様々な形で実施されている。人材の発掘・育成について、それぞれどんな理念を持っているのか。

ジョーンズ「若い子たちを育成する上では、精神面が重要になります。若い子も自分で自主トレができる環境を作ってあげることが重要。今、アカデミーなどではコーチの指示でやっているという現実があります。もし、私がアカデミーを作るなら、休みを必ず週1日与えて、若い時から自分たちで自主トレをできるようにやっていくと思います。今、コーチの役割も変わってきています。20年前は腕を組んで見ているだけ、命令形の指導をしていた。今は自分たちで発見したり、学びがあったりと誘導する指導法に変わってきている。達成できるようにうまくガイドしてあげる。20年ほどで指導者の役割が変わってきたと思います」

菊谷「選手ファーストと言われるようになりましたが、それは選手が一番で選手が良ければいいわけではありません。コーチは選手が中心となったコーチングをしましょうという考えが主流になっています。そうなると『やりなさい』という命令ではなく『こういう選択があるけど、どれをやる?』という提案ができることも方法の一つ。言ったことをやってもらうのは楽。指導者が決めたゴールに対し、選手たちがどの手段を使っていかに成長していくか。コーチは1つの選択肢だけではなく3つ、4つ、5つを与えて、どれも教えられるようにしないといけない。難しいと思いますが、ラグビーに限らず、指導者の役割はそのように変わってくると思います」

1年後に迫ったラグビーワールドカップ日本大会

 話は来年に日本で行われるワールドカップに及んだ。試合が行われる会場の整備のほか、大会のプロモーション活動などにスポーツくじの収益による助成が役立てられている。実際に会場の視察もしているジョーンズ氏は、その意義の大きさを感じている。

ジョーンズ「助成金を活用して、色々なイベントでプロモーションを行っているのは素晴らしいこと。日本大会が成功するためにはトンガ戦、アメリカ戦のような(集客力が)小さい試合でしっかりお客さんに入ってもらうことが重要です。コミュニティの力が非常に必要になる。どれだけ地元の方に来てもらい、フェスティバルのような雰囲気を作り上げられるか。開催国として日本は発達した国でもある。アジアの代表として日本のラグビーはこれだけできると証明できるチャンス。スタジアムも素晴らしいし、日本がホストになることで今までで一番素晴らしいと言えるようなワールドカップになると思います」

 また、大会アンバサダーを務める菊谷氏は現役時代、2011年ニュージーランド大会に主将として全試合に出場。当時の会場の雰囲気のほか、印象に残っているのはどんなことなのか。

菊谷「戦った4試合すべて素晴らしいスタジアムでしたが、トンガ戦のスタジアムはあまり大きなスタジアムではありませんでした。バックスタンドは芝生で座って観るような感じです。今回、釜石にもスタジアムができますけど、大きくはなくとも自治体を含め、みんなの気持ちがこめられています。ニュージーランドでは(ラグビーが)国技として成り立っているので、どこに行っても歓迎してくれました。日本のラグビーは世界的に有名ではないですが、子どもにサインをねだられるなど、熱意をもって関わりを持ってくれました。そういう意味で思いやりをもって迎え入れてくれた大会でした。日本にとってもそういうチャンスが来るということです」

質疑応答で伝えた「チームプレーで大切なこと」

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 こうして存分に語り尽くした1時間。続いて行われたのは質疑応答だった。活発に手が上がり、バレーボールを小学生に教える指導者からは「チームプレーで大切なこと。特に小学生に対して伝えなければいけないこと」について質問が挙がった。

ジョーンズ「自分の役割が何かを伝えること。そして、その役割も変わるということです。バレーボールは6人で前衛に3人、後衛に3人。前後がどうつながるかが重要になると思います。試合を通じてチームワークを教えてあげてほしい。チームワークはこういうものだと言葉で教えるのではなく、試合を通じて教える。例えば、このシーンで良かったという映像を見せてあげること。そういうプレーをしたら『これだ』と褒め、ご褒美をあげる。いいチームワークをしていなかったら、すぐに指摘してあげてください」

 また、国際舞台で活躍し、世界を知る2人とあって「ラグビーに限らず、日本人が世界を舞台にした時に気をつけるべきこと」という質問も出た。

菊谷「どのスポーツでも世界で戦う上で重要なのは、自分たちが素晴らしい選手だと自信を持つこと。日本の選手はひたむきに練習することができるし、そこで負けることは絶対にないです。自分たちはこれだけやってきたと自信を持つことが大事。僕も経験がありますが、外国が相手だと『強そうだな』と勝手に不安なマインドになりがち。それを経験を積んで乗り越えるのではなく、若い世代からコーチが自信を持たせてあげられることが、若い世代のうちから世界と戦う上で、重要なポイントになると思います」

ジョーンズ「100パーセントその通りだが、一つ加えると、選手は自分の強みは何かをしっかりと把握すること。特にラグビーはフィジカルのスポーツ。大きい選手の方が有利ではありますが、小さい選手だから良いラグビー選手になれないということはありません。体が大きくなければ、戦術、技術で補うか、スピードで上回ること。高いレベルでプレーするなら、この3つのうち2つはないといけません。選手は強みが何かを知り、コーチは引き出してあげることが重要です」

 最後には「結果を出すためにどんな工夫をするべきか、ハードワークをやり遂げさせるための方法は」という指導者としての創意について問われた。

ジョーンズ「まずは目的がないといけません。多くの人は特別な存在(1位)になりたいと思っているので、特別な目標を与えてあげること。その目標までこういう計画で行くと伝えてあげること。そして、達成するためには毎日こういうことをしないといけないと話します。そうすることで毎日やっていることが達成したい目的に近づいていきます。夢を与えてください。夢が重要です」

菊谷「2015年のワールドカップに向けては、一つのゴールがあり、そのプロセスをコーチが作ってくれ、廣瀬俊朗選手、五郎丸歩選手と自分の3人がリーダーになりました。もちろん、テストマッチでも結果を狙う。でも、勝つだけではなく、それに対して大義が重要と考えました。勝って何を得たいか、国民にどう思われたいか。それに対する行動もしっかり取ろうと選手たちでやっていました」

 こうして時間いっぱいになるまで質問が次々と挙がり、2人は熱い言葉で応え続けた。最後は大きな拍手をもって送り出されたジョーンズ氏。世界一を知る名将が残してくれた言葉は、指導者にとってかけがえのない財産となるだろう。

※ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチン、日本の5か国、計15のクラブチームが参加する世界最高峰のインターナショナルプロラグビーリーグのこと

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エディー・ジョーンズ

1960年1月30日生まれ、オーストラリア出身。現役時代はフッカーを務めた。プレーの傍ら、大学卒業後は高校の教員として体育を教えた。1995年に来日し、日本で指導者のキャリアをスタート。2001年にオーストラリア代表ヘッドコーチに就任し、2003年ワールドカップで準優勝。2007年から務めた南アフリカ代表のテクニカルアドバイザーでは同年のワールドカップで優勝。2011年に日本代表ヘッドコーチに就任し、2015年ワールドカップでは1次リーグで敗退するも歴史的3勝を挙げた。現在はイングランド代表ヘッドコーチを務める。

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菊谷 崇きくたに たかし

1980年2月24日、奈良県出身。御所工業高等学校から大阪体育大学を経て2002年にトヨタ自動車入社。2005年に日本代表初選出、2008年からは主将を務め、2011年のW杯ニュージーランド大会に全試合出場。2014-2015年シーズンにキヤノンイーグルスに移籍。2017-2018年シーズン限りで引退。日本代表キャップ68試合。引退後は東京・調布市で元日本代表主将・箕内拓郎氏、元日本代表・小野澤宏時氏とともに「ブリングアップラグビーアカデミー」を主催。2017年は高校日本代表のコーチも務めた。

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