インタビュー

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フィギュアスケート羽生結弦×ピアニスト松田華音 それぞれの表現のかたち:後編

松田さんによるショパン『バラード第1番』の演奏を聴いて様々なものを受け取った羽生選手から言葉が溢れて止まらない。演奏のみならず対談を通して、それぞれの世界で極めているからこその感性や感覚をシェアすることで、お互いの世界は更に広がっていった。

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楽曲に対して情熱を注げるか、深みを追求できるか

松田 羽生選手は美しさや表現力について、どのようにお考えですか?

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羽生 フィギュアスケートは技術的なことがすごく目立つ競技です。レベルの高いプログラムで、ジャンプなどをすべてきれいに決められれば、それが究極。その中で、「これを伝えよう」「あれを伝えよう」とやりすぎると、ぐちゃぐちゃになっちゃってミスも増えて、最終的に伝わらないことが多いかなと思います。自分の気持ちだってぐちゃぐちゃになっちゃうし。松田さんは思いどおりにいかない時ってどうしますか?

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松田 コンサートや演奏会で弾いていて、「ここ思いどおりにいかなかったな」ということは必ずあります。でも私はやっぱり、音。出す音のことを考えないといけないので、技術より曲のイメージや、伝えたいメッセージを考えています。

羽生 例えば、演奏途中で音が1個飛んだりしても、その場で完全に忘れ去ってるんですか?

松田 忘れ去ってますね(笑)。シャットアウトしないとまた同じことを繰り返す可能性があったり、音楽が止まってしまったり……。イメージを、ストーリーを続けていかないと曲が続いていかないので、ミスのことは忘れます。実際、演奏した後「今日間違ってたよね」って言われても「そうだったっけ?」って思うことがあります。

羽生 僕もジャンプとかでミスったことを忘れてる時が結構あります。

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松田 羽生選手は、曲選びはどうなさってるんですか?

羽生 フリーに関しては、最近5〜6年は自分で選曲しています。その基準は自分がそのプログラムに対してどれだけ興味を持っているか。その曲だけで1年2年ぐらい滑らなきゃいけなくて、毎日滑っているからやっぱり聞き飽きてきたりもしちゃう。情熱を注げるか注げないかってすごく大きいんです。だから“深み”がないと追求しきれない。でもフィギュアスケートの場合、曲が難しすぎると、見ている方々は「ああ難しいな」で終わっちゃう。

松田 うんうんうん。そうですね。

羽生 だからそれはすごく注意します。どういう曲がみなさんに伝わりやすいのか、自分の伝えようと思えるものが伝わるか。

松田 すごいです。でも難しい。私の場合リサイタルだと1時間半弾いてなければならないので、体力が持つかどうかも計算して。ゆっくりな曲ばっかりだと体力的には楽ですが、聴いている人はつまらないじゃないですか。

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支えがあるから、夢に向かってがんばれる

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羽生 松田さんは6歳からモスクワでピアノを学んでいて、今はロシア政府の特別奨学生としてモスクワ音楽院に在籍しているんですよね。ロシアの芸術の分野には、若い才能を育てる文化みたいなものがあるんですか。

松田 はい。ロシアは芸術を支える仕組みがしっかりしていると感じます。私が卒業したグネーシン音楽学校は、基本的には全員、学費が全額免除でした。ただし、常に厳しい試験があって、基準にふさわしくない人は翌年から学費がかかったり、合格点をとれないと退学処分になったりします。厳しいですが、そういうシステムは素晴らしいと思います。現在のモスクワ音楽院は、ロシア人のトップ40人は学費が全額免除です。私は外国人枠でなく現地ロシア人と同じ試験を受けて政府特別奨学生に選んでいただきました。

羽生 すごいですね。僕もJSCトップアスリートとして、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成により支えられています。スケートはすごくお金のかかるスポーツなので、このような助成の仕組み、そしてたくさんのファンの応援に力をもらいながら夢に向かってがんばっています。

松田 私も皆さんに支えて頂いていることに感謝しながら、これからもがんばっていこうと思います。

一つひとつの動き、音。全てに意味をこめる

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羽生 松田さんは6歳からずっとモスクワで暮らしてるんですよね。現地でのスケート人気はどうですか?

松田 はい、大人気です。モスクワ市内にはスケートリンクがたくさんあって、赤の広場も冬にはリンクができます。ですから選手を応援するのはもちろん、大勢の市民が日常的にスケートを楽しむ環境にあります。私も時々「滑ろうよ」と誘われるんですが、ケガをすると演奏に影響が出るのでやったことはないんですけど。

羽生 僕はロシアの振付師の方にも教わったことがあるんです。その時に教わったのは、メリハリだったり力強さだったり、呼吸の使い方、体の動かし方とかなんです。そして今日、松田さんの演奏にもそれがすごく出ていて、共感するところがありました。松田さんにとって、ロシアで培ってきて「これが一番ためになった」というものは何ですか?

松田 グネーシン音楽学校のエレーナ・イワノーワ先生が、12年間学んでいた私にずーっと言ってくださっていたことがあります。それは「絶対に意味のない音を弾くんじゃない」ということです。必ず一音一音に意味を作りなさいと。フレーズに言葉をつけたりストーリーを考えたり。そのためにはこの本を読みなさい、この映画を見なさい、この絵を見なさいって。

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羽生 うーん。なるほど、勉強になります。

松田 先生が教えてくださったのは、体の使い方もですね。私は普通のピアニストの方に比べて手が小さくて腕も細めなので、どうやって力を入れたらどんな音が出るかとか、どこで力を抜くかとか、そういうことを。

羽生 僕らの競技も体の特徴がすごく影響します。スタイル、身長、手足の長さ。僕もロシアの先生に教わった時に「あなたはせっかく手足が長いんだから、もっと使いなさい」と、そういう具体的なことを教えてもらえたことをあらためて思い出しました。実は今シーズン、フリープログラムで『SEIMEI』(映画『陰陽師』サウンドトラックより)という曲を使用するんですけど、このプログラムでも一つひとつの振り、単純な基本動作にも意味をもたせなさいってすごく言われています。今日は松田さんとお話しして、共通する部分がたくさんあるなあって思いました。

新たなステージをめざす、それぞれの道

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羽生 松田さんの今後の目標や予定を教えてください。

松田 2017年6月に2枚目のアルバム『ムソルグスキー:展覧会の絵』がリリースされました。秋からはそのアルバムのリサイタルがたくさんあるので、みなさまに喜んでいただける演奏ができるようがんばっていきたいと思います。このアルバムの8曲目に『マーキュシオ』(《ロメオとジュリエット》より10の小品 作品75:第8曲)という曲が収録されているのですが、この曲を羽生選手がスケートで滑ったらどんなふうになるんだろうなと、個人的にそんなことも想像しています。

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羽生 聴きに行きたいですねー。シーズン中かなー(笑)。

松田 羽生選手は平昌オリンピックが控えていますが、意気込みを聞かせてください。

羽生 オリンピックに向けて自分の体調管理とかをしっかりやりたいですね。あとはケガがつきもののスポーツなので、とにかくケガに気をつけて、毎日練習をがんばっていけたらいいなっていうのが今の気持ちです。

松田 がんばってください、応援しています。

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羽生 結弦はにゅう ゆづる

1994年12月7日、宮城県仙台市生まれ。ANA所属。4歳から姉の影響でフィギュアスケートを始める。2007-2008シーズン、中学1年で全日本ジュニア選手権で3位となる。2009-10のシーズンではジュニアグランプリファイナルで史上最年少の14歳で優勝。シニア参戦以降の主要な戦績として、2014年ソチオリンピック男子シングル優勝。2014年世界選手権・2017年世界選手権優勝。グランプリファイナル4連覇(2013年-2016年)。全日本選手権4連覇(2012年-2015年)。
平昌オリンピックが控える2017-2018シーズンでは、ショートプログラムをショパン『バラード第1番』、フリースケーティングは『SEIMEI』と、自身が世界最高得点を更新した楽曲を選択。構成の難易度を上げ、オリンピック2連覇へと挑む。

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松田 華音まつだ かのん

4歳でピアノをはじめ、6歳よりモスクワに渡り、エレーナ・ペトローヴナ・イワノーワに師事、翌年ロシア最高峰の名門音楽学校、モスクワ市立グネーシン記念中等(高等)音楽専門学校ピアノ科に第一位で入学。
エドワード・グリーグ国際ピアノ・コンクール(モスクワ)グランプリ受賞他、多くのコンクールで優勝を果たす。国立アレクサンドル・スクリャービン記念博物館より2011年度の「スクリャービン奨学生」に選ばれ、2013年2月にはモスクワ市立グネーシン記念中等(高等)音楽専門学校で外国人初の最優秀生徒賞を受賞。翌年同校を首席で卒業。9月、モスクワ音楽院に日本人初となるロシア政府特別奨学生として入学。2014年11月ドイツ・グラモフォンよりCDデビュー。2017年6月に最新アルバム「展覧会の絵」をリリースした。

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