インタビュー
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「空手=無骨というイメージを覆したい」若き王者が抱いた使命感とは
「KARATE1プレミアリーグ」など5大会優勝の西村選手が勝利にこだわるワケ
2020年の東京オリンピックで追加競技となった空手。全世界に1億3000万人以上の愛好家が存在しながら、過去3度もオリンピック競技種目としての採用を逃している。“競技人口は多いのにマイナーの枠から脱していない”というパラドックスを、自らのパフォーマンスで解消しようという使命に燃える若き世界チャンピオンがいる。世界空手連盟(WKF)が主催する「KARATE1プレミアリーグ」の男子組手75キロ級で2019年4月現在、1位タイにランキングされている西村拳選手(チャンプ所属)だ。
「空手=無骨というイメージを覆したい」という西村選手は、近畿大学在学中から世界のトップが集う「KARATE1プレミアリーグ」に参戦し、2016年以降5大会で優勝を遂げている。「選手として格闘家として最高のタイミング」で迎える東京オリンピックでは並々ならぬ思いでメダル獲得を目指す23歳。「このチャンスを死に物狂いでつかみにいきたいです」と目を輝かせる男が、空手にかける熱い想い、世界の強豪から受ける刺激、そして空手元世界王者の父から受けた教えについて、大いに語った。
東京オリンピックで行われる空手競技は、身体にコンタクトする直前で止めることを原則とするもので、世界空手連盟(WKF)のルールに則った「組手」種目と「形(かた)」種目が行われる。西村選手がメダル獲得を狙うのは、1対1の対戦形式で行われる「組手」種目だ。試合時間は男子・女子ともに3分の短期決戦。相対する2選手が自由に攻め合い、突き・蹴り・打ちをいかに早く、正確に、力強く極(き)めるかの攻防で競われる。
攻撃部位は「上段(頭部・顔面・頸部)」と「中段(腹部・胸部・背部・脇腹)」に分けられ、難易度により「有効(1ポイント)」「技あり(2ポイント)」「一本(3ポイント)」が与えられる。試合時間内に8ポイント差をつけた方、または試合終了時にポイントの多い方が勝利。試合終了時に同点の場合は、先にポイントを奪った「先取」を持つ方が勝ちとなる。先取がなかったり、0-0で終了した場合は、審判5人による判定で勝敗が決まる。
(参考:公益財団法人全日本空手道連盟ホームページ)
勉強嫌いで空手に専念、父から受けた最大の教えは「自分で考えなさい」
西村選手が世界に誇る強みは、日本人特有の相手の懐に切り込むスピード感に、外国人選手も顔負けの大胆な蹴りを加えた縦横無尽の攻撃だ。世界選手権を5度制し、空手界の“生きる伝説”とも呼ばれるラファエル・アガイエフ選手(アゼルバイジャン)に6勝1敗1分けと大きく勝ち越しているのも、大胆かつ正確な攻撃があるからこそ。だが、そんな西村選手でも、幼い頃は「泣き虫で恥ずかしがり屋で、空手とか激しいことができるタイプではなかったんです」という。
空手の元世界王者の父・誠司氏が道場を経営していることもあり、「物心ついた頃から、気付けば道着を着ていた」が、「本当に嫌いだったんです(笑)。道場に行っても逃げ回っていたり、道場にすら行かなかったり。空手は完全に、やらされていましたね」と苦笑いで振り返る。「世界一を期待されて英才教育を受けたり、やれと追い込まれたりしたわけでもなく、習い事の一環という感じ」だったが、それでも嫌がる息子に両親も無理強いはしなかったという。「拳には空手の才能はないかもしれない」。そう諦めかけた両親は、せめて勉強を頑張るように塾に通わせたが、これが奇しくも空手へのやる気を駆り立てることになった。
「空手以上に勉強が嫌いすぎて、塾の日に本当に熱が出てしまったくらいでした(笑)。ようやく中学に上がる時、塾を辞めてもいいと言われたんです。でも、部活も何もしないのは良くないから、その代わりに空手にしっかり打ち込みなさい、と。空手も嫌でしたけど塾よりはましだったので、空手をすると言った以上は頑張ろうと、そこから真剣に打ち込みました」
ようやく空手に興味を示した西村選手は、師匠である父の指導の下、メキメキと実力を伸ばした。週末には近所の公園で他の道場生とランニングやミット打ちに励み、時には父が開催するセミナーに参加する高校生や大学生を相手にスパーリングを行っていた。当時の様子を今では笑いながら「スパルタでした」と振り返るが、それは圧倒的な練習量だったという。特別に変わった練習や指導をするわけでもなかったが、繰り返し父に言われたことがある。
「『指導者から言われたことしかやらないのは良くない。自分で考えなさい』そう言われました」
「考える力」で成長が加速、選手として絶頂期で迎える東京オリンピックは「神様がくれたチャンス」
泣き虫から一転、中学校3年生の時には日本代表選手としてアジア大会に出場。宮崎第一高等学校時代には個人と団体でインターハイを制し、近畿大学時代から世界に名を轟かせるようになった。そんな西村選手の成長を加速させたのは「考える力」だった。
「考える力が突出している自信はあります。例えば、大学では集団練習をするので、大体みんな同じ練習メニューをする。でも、突いた時の拳先、当たった瞬間や引く前、引いた後の肘の位置、そういう細かいところまで全て考えながら練習するのと、ただ漠然とメニューをこなすのでは、同じ練習でも得る経験値が違うと思います。ただやるだけの練習は疲労がたまるだけ。『この角度だと見えやすいから審判にとってもらいやすいだろう』『ここに突いたら相手はもっと嫌がるはず』といった感じで、自分はいつも細部まで詰めて考えて練習しているので、他人とは経験値やスキルの上がり方が違うんじゃないかなと思います」
少しでも強くなりたいと、成長に対して貪欲な姿勢を崩さない。日本代表合宿や世界大会など、国内外の強豪選手が集う場所では、それぞれの選手が持つ様々な考え方を聞き、積極的に質問を投げかける。
「(同じ組手の選手である)荒賀龍太郎先輩をはじめ、世界の第一線で戦っている選手から得るものや勉強することは多いですね。話をしてみて『そういう考えもあるんだ』と気付かされたこともあります。考える力を持つと言っても、自分1人で閉鎖的に考えるのでは意味がない。いろいろな選手や指導者の考えも聞き、自分に合うものは取り入れて、合わないものは聞き流す。自分自身という太い木に枝葉を付けていく感じですね。軸がフラフラすると倒れてしまうので、自分の芯となる部分はぶらさずに、常に聞く耳を持つ姿勢は大事だと思います」
「考える力」を養う延長として、戦い方のイメージを思い描くことも実践。大会前日には対戦表を見ながら、どうやって勝ち上がるかをイメージし、「表彰台の一番高いところに上って、笑顔で金メダルをかけているシーンは、常に頭の中にあります」。来年に迫る東京オリンピックでも、もちろん狙うは金メダルだ。
「自分はこの階級(75キロ級)では一番強いという自信を持っています。そもそも、24歳という選手として格闘家として絶頂期に東京でオリンピックがあって、空手が初めてオリンピック競技になり、自分が金メダルに一番近い位置にいるっていう、こんな最高のタイミングは人生を何十回やり直してもあり得ないこと。こんなに条件が揃うのは神様がくれたチャンスだと思うので、死に物狂いでつかみにいきたいですし、少なからず使命のようなものも感じています」
「ファンの方や支援してくださる方が増えれば、自分が頑張れる原動力にもなります」
西村選手には、国内外を問わず、多くの人に空手の魅力や面白さを知ってもらい、空手をメジャースポーツに押し上げたいという想いがある。世界では1億3000万人以上の愛好家が存在するが、まだまだ空手がスポーツとして認識されていないと感じる場面に多々遭遇するという。
「空手をやっていますって挨拶すると、空手=無骨なイメージがあって『瓦割りするの?』とか『板割りするの?』とか言われてしまうんですよね(笑)。その度に『違います』って言うんですけど、同時に『まだまだ、だな』と思います。もちろん伝統の空手ではありますが、オリンピックというスポーツの祭典に入ったことで、武道の精神を残しつつも、よりスポーツの要素が強くなっている。世界ともなれば、突きだけではなく、軽やかなステップを踏んだり、アクロバティックな蹴りも出たり。今までとは違った魅力があるので、実際に会場に足を運んでもらいたいですね」
まだ伝え切れていない空手の魅力を多くの人に知ってもらいたい——。「結果も出していない選手が、『空手を応援してくださいっ!』と言っても、誰も聞いてくれない。しっかり結果を残してこそ、発言も認めてもらえると思うので」。世界の舞台で勝つことは、自分の栄誉や達成感のためだけではなく、空手をメジャースポーツにしたいという大きな目標にもつながっている。「空手を知って応援してくれるファンの方や支援してくださる方が増えれば、自分が頑張れる原動力にもなりますから」と浮かべる爽やかな笑顔には、日の丸を背負う誇りと空手を想う心意気の良さが漂う。
会場の声援が持つ力を実感した大会がある。それが2018年10月に開催された「KARATE1プレミアリーグ東京大会」だ。東京オリンピックで盛り上がるためにも、日本で空手の魅力を伝える格好の舞台。世界から注目を浴びる地元開催の大会で、会場に響き渡る応援は選手の背中を後押しした。
「海外の応援団はすごいんです。応援歌を歌ったり、鳴り物を鳴らしたり。それに比べて、日本の応援は物静かな感じだったんですけど、プレミアリーグの東京大会ではスティックバルーンを使った応援で盛り上がり、選手の名前も大きな声で呼びかけてくれて、その声がしっかり耳に届いたんです。海外の大会で外国人選手がいい応援をされているのを羨ましく思っていたので、すごくうれしかったです。また、初めて会場に足を運んだという一般の方に『試合はもちろん、試合後の礼儀作法が本当にかっこよかったです。ファンになりました』と声をかけていただき、本当にうれしくて記憶に残っています」
泣き虫で空手嫌いだった少年は、時を経て、心から空手を愛する世界王者に成長した。まずは東京オリンピックへの出場、そして金メダル獲得を目指すが、将来的には世界を回って見聞を広め、父が経営する空手道場を継ぎ、次世代の子ども達に空手の素晴らしさを伝えていきたいという。「空手=マイナー競技、から脱出したいというのが、空手界全体の夢」と語る若き空手家は、自らの使命を果たすべく、東京オリンピックの大舞台へ邁進する。
西村 拳にしむら けん
1995年12月31日、福岡市生まれ。チャンプ所属。元世界王者の父、誠司氏の教えを受け、高校3年生で日本代表として第8回世界ジュニア&カデット21アンダー空手道選手権大会で5位入賞。宮崎第一高等学校で出場したインターハイでは、団体組手と個人組手で優勝を飾った。近畿大学入学後は、全日本学生選手権大会の組手で団体組手と個人組手を制したほか、1年生の時から「KARATE1プレミアリーグ」に参戦。3年生の時に2016年にハンブルグ大会で初優勝して以来、現在まで世界トーナメント5大会で優勝を遂げている。
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