インタビュー

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インタビュー

コロナ禍で痛感したサポーターの重み 社会に示すJリーグの存在意義とは

Jリーグ得点王が無観客試合で知った「大切さ」とは

 これほどサポーターの存在が重要だと感じたシーズンはなかった。サッカーJ1横浜F・マリノスのフォワード(FW)仲川輝人選手。昨季15ゴールでJリーグ得点王に輝き、Jリーグ年間表彰式で最優秀選手賞を受賞するとともに27歳にして日本代表に初選出された。しかし、迎えた2020年。2月末に開幕戦を終えた直後、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でリーグが中断された。

 4月には緊急事態宣言が出され、当たり前だった日常が一変した。「サッカーが生活の一部だったので、サッカーができなくなることで、一日何をすればいいのかわからない状態でした」。大学4年生の10月、右膝前十字靭帯断裂などの大怪我を負ってプレーできない日々が続いたが、今回はリハビリ期間とは全く異なる状況だった。

「あの時もサッカーはできなかったのですが、見ることはできました。チームの練習を見ながらリハビリをしていたので、間近にサッカーがある状況。今回のコロナ禍では、(全体練習を行うこともできず)ずっと家にいることしかできなかったです」

 モチベーションの維持に苦労した。それでも、体幹トレーニングに励み「少しでもサッカーを感じられるように努力しました」と過去の自分の試合、海外リーグの試合映像を見て勉強した。状況は異なるとはいえ、生きたのがリハビリ中に経験したイメージトレーニングだ。

「試合のイメージを膨らませることにおいては、怪我をして経験したことがコロナ禍でも役に立ったと思います。基本的には自分と同じようなポジションの海外選手を参考にして、その人がボールを受けた位置で自分も同じように受けることをイメージ。その中でどの選択肢が一番効率がいいのか、相手に脅威を与えられるのか。試合を見ながらイメージを膨らませていきました」

 シュート、クロス、スルーパス、ドリブル。状況によって変わる無数の選択肢を頭に描いた。6月1日には4月4日以来58日ぶりにチームの全体練習が再開。7月4日に待ちに待った第2節・浦和レッドダイヤモンズ戦が行われた。しかし、感染拡大を防ぐため、アウェーの埼玉スタジアム2002は無観客。「リモートマッチ」と称されたサポーターのいない試合は、仲川選手にとって未知の光景だった。

「違和感はすごくありました。選手の声が響いて伝わるのはいいことですが、チャンスの時のサポーターの『ワーッ!』という叫び声、シュートが外れた時のため息など、無観客だと盛り上がりがありません。試合はしていますが、練習試合に近いと感じました」

 最大収容人数7万人を誇るホームの日産スタジアム(横浜国際総合競技場)では、再開後初の有観客試合(5,000人上限)となった7月12日のFC東京戦に4,769人のF・マリノスファンが詰めかけた。しかし、応援の手段は拍手のみで、ここでもピッチを駆け回る選手の声が響いた。「ホームのサポーターの存在は本当に後押しになりますし、ものすごく自分たちに力をくれます。やはりサポーターがいて自分たちも成り立っています。そういった部分を考えると、できることなら多くのサポーターの前で試合がしたいという気持ちがあります」。失ったことで、大切なものの大きさに改めて気づかされた。

今でも覚えている芝生でプレーした喜び

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 2020シーズンは新型コロナウイルス感染症の影響でJ1クラブのJ2降格がないため、戦術面や強化の部分で新しいチャレンジをするクラブも多いという。その面では、中断期間がリーグに与えた影響は決して悪いものばかりではないようだ。

 だが、コロナ禍で世界中のスポーツ活動が一時的に止まってしまったのは事実。社会に提供できるスポーツの価値とは何だろうか。コロナ禍で多くのアスリートが考えさせられたテーマ。この一つとして、仲川選手が明かしたのは「非日常空間」を与えることだという。

「スタジアムでサッカーを観ることは、非日常の空間だと思います。それでストレスを発散できたり、幸福感を得られたりする。それがコロナの影響でなくなったので、自分たちとしても本当に寂しかったし、サポーターのおかげで自分たちはサッカーができているんだなと感じられました」

 プロ野球とともに新型コロナウイルス感染症対策について検討を重ねながら再開された明治安田生命Jリーグ。選手や審判を対象に定期的にPCR検査を行い、徐々に有観客が認められると、サポーターの入場時に透明のフェイスシールドとマスクを着用したスタッフが検温を実施。トイレや売店など人が集まる場所には、足形を印刷した紙を地面に貼付け、一定の距離を保ちながら待機列を作るよう促すなど感染予防に努めている。

「Jリーグ全体や各クラブの(感染予防の)意識は、レベルが高いのではないかと感じています。そういった意識の高さを示すことで、他のスポーツ競技への指針の一つになると思います」

 そんなサッカー界を支えているものの一つが、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金だ。グラウンドの芝生化、ジュニア世代の発掘・育成、地域で行われるサッカー大会などに活用されている。仲川選手は「サッカーをする場所をもっと確保すること」をサッカー界の課題に挙げる。

「時間がかかることですし、難しい問題かもしれません。自分も人工芝でサッカーを始めたのは中学生くらいからでした。今も徐々に人工芝のグラウンドが増えてきていますが、もっともっと普及してもいいと思うし、もっと普及させなくてはいけない。やはり小さな子どもたちが、サッカーをできる環境をもっと多く作ってあげる必要があると思います」

 施設の数も一つの課題である一方、日本のサッカーを強くしていく中では施設の質も大切になる。ジュニア世代の選手がプレーする上で、土と芝生の違いは技術向上に影響を与えるからだ。土に比べ、整備された人工芝の方がボールはイレギュラーな動きをしない。パスのスピードや種類など、正確にボールをコントロールすることに繋がるという。「その中でしっかり技術を高めていくことは自分も大事にしています。小さい頃に基礎的なことをしっかりとやることがプロに近づく第一の方法と思います」。また、芝生でのプレーは怪我のリスクを減らすことに繋がるという利点もある。

 中学時代、芝生の上でプレーした喜びは今でも覚えている。最初はフカフカの芝に足を取られ「走ったらめっちゃ疲れる」。ただ、「本当にやりやすかった。イレギュラーもほとんどないですし『しっかりボールを蹴れる』という感覚がありました」。芝生でプレーできる環境にありがたみを感じた時間だった。

スポーツを通じて学んだこと「短所を長所に変える思考」

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 もう一つサッカー界の課題に挙げたのは、身長が低いという理由でユースやジュニアのセレクションに落ちてしまうという現状だ。「そういう話も聞くので、そこは変えていってほしい」。自身は161センチ。小学生の時、背の順で整列する際は一番前かその後ろが定位置だった。だからこそ、身長だけでは計れないものがあることをピッチで体現しようとしている。

 自分より20センチ以上も背の高い相手と対峙することも珍しくない。そんな選手たちを相手に、仲川選手は小気味良いステップを披露する。体格差をものともせず軽快に切り裂いていく姿は、爽快そのものだ。いかにして勝負の世界で生き抜いていくか。今も重要な武器にしているのが“速さ”だ。これを磨く過程こそが、仲川選手がスポーツを通じて成長したことだという。

「僕は身長が低いので、サッカーでは不利な部分も多かったのですが、小さいながらも自分のストロングポイントを見つけ出してきました。それで今まで成長してきたので、ウィークポイントをストロングポイントにする意識・思考はサッカーを通じて学べたことだと思います」

 長身選手にあるリーチという強みはないが、仲川選手には相手の懐に入ってから自慢のスピードで一気に置き去りにする強みがある。「自分がこの身長なので本当に身長は関係ないということを、自分がもっともっと示していければ。それをもっと発信していきたい」。Jリーグの年間最優秀選手賞受賞者では史上最小。短所を長所に変えて頂点に上り詰めた。

 もう一つ学んだことは、人と人との関わりの中で成長していくこと。高校、大学生活では挨拶や文武両道の大切さも実感した。

「サッカーだけやっていればいいということでもない。やはり勉強して人として成長することの大切さについては、自分が生きてきた28年間で感じたことです。人として成長し、そしてサッカー選手として成長していく。これはプロサッカー選手になる前も、なった後も学んだことです」

 コロナ禍で当たり前でなくなったサッカー。サポーターのありがたみを改めて痛感し、Jリーグの存在意義も知った。スポーツから学んだ「短所を長所に変える思考」を生かしながら、これからもピッチを駆け回る。

(リモートでの取材を実施)

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仲川 輝人なかがわ てるひと

1992年7月27日、神奈川県川崎市生まれ。川崎フロンターレの下部組織、専修大学を経て、2015年にJ1の横浜F・マリノス入り。2016年9月にJ2のFC町田ゼルビアに期限付き移籍すると、2017年7月にもJ2のアビスパ福岡に期限付き移籍。2018年に横浜F・マリノスへ復帰。2019年は15ゴールでJリーグ得点王となり、Jリーグ年間表彰式で最優秀選手賞を初受賞。同12月には日本代表に初選出された。

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