インタビュー
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身近になったフィギュアスケート 元トップ選手が伝えたい競技の魅力
日本人の心を掴んだフィギュアスケート「ヒーロー・ヒロインの存在が大きい」
真っ白な氷上で一人たたずみ、360度をぐるりと囲む観客の視線を一身に浴びながら、スタートの瞬間を待つ。まるで時間が止まったかのような静寂で味わった「自分の心臓の音が聞こえるくらいの緊張」を思い出すと、今でも胸の奥がキュッと引き締まる想いになる。
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2005年NHK杯国際フィギュアスケート競技大会優勝、同年グランプリファイナル3位、2007年アジア冬季競技大会優勝、など輝かしい成績を誇る元フィギュアスケート選手の中野友加里さんは、現役時代を振り返りながら続ける。
「スタートポジションにつく間に、1万人もいるはずの会場が急に静まり返るんです。その静寂で一気に緊張感が高まる。観客の方々も一緒に緊張感を味わっているんじゃないかと思います。少し不思議で異次元な感じがしました」
音楽が鳴り始めると、60メートル×30メートルの氷上は「衣装があって、音楽があって、振り付けがあって、全てが組み合わさった一つの作品を作り上げる」場となる。正確なステップやダイナミックなジャンプ、華麗なスピンはもちろん、指先一つの動きにまで全神経を集中させる。「360度を囲む観客の視線を自分だけに集中させることができる競技はなかなかない。ただ、そうやって表現できることは選手にとっての醍醐味でもありますね」という中野さんは、コーチからこんなアドバイスを受けていたという。
「ショートプログラムは2分40秒、フリースケーティングは4分。わずかな時間かもしれませんが、いつどの瞬間にどこからカメラのシャッターを切られても、美しく最高の姿でいるところを見せてほしいと言われました」
自分が演技する姿を客観的な視点から見るために練習風景を撮影し、手の位置、顔の向き、音楽と動きのシンクロ率などを何度も確認。「少しのズレでガラリと印象が変わってしまうんです」。細部にこだわりながら練習を重ねても、本番で会心の演技を出すのはごく稀なことだ。
「コーチからは『練習の80%を出せれば大拍手。60%を出せればうれしい』と言われていました。そのくらい本番で100%の力を発揮するのは難しいものですし、勝負の世界は厳しい。その勝負に挑んでいる姿を観客の皆さんは楽しみにしているし、人を惹きつける要素なんだと思います」
日本で開催される大会はチケット入手が困難で、今では人気スポーツの一つとなったフィギュアスケートはなぜ、ここまで日本人の心を掴んだのか。中野さんは「ヒーロー・ヒロインの存在が大きいと思います」と分析する。
「私が始めた頃は、フィギュアスケートの牽引者でレジェンドでもある伊藤みどりさんが活躍なさっていました。とは言っても、まだマイナースポーツと言われた時代。大きな転機となったのは、2004年にドルトムントで開催された世界選手権で荒川静香さんが優勝したことだと思います。そこに安藤美姫さん、浅田真央さん、と続いて、日本人選手は国際大会に出ればメダルを獲って帰ってくるレベルにまで駆け上がりました。私自身、そういう仲間と一緒に滑ることができて本当に良かったと思っています。
引退後に就職したテレビ局の研修で『視聴者はヒーロー・ヒロインを求めている』と習った時に『なるほど』と思いましたね。その頃、ちょうど浅田真央さんがヒロイン的存在で、試合に出れば優勝する。誰もが女王の試合を見たくなる、そんな存在でした」
審判になって初めて知った「人に点数をつける難しさ」
2010年に現役を退いた後は、解説者、審判員としてフィギュアスケートに携わる。2013年には国内地方大会で審判ができるT級、その後地方ブロック大会で審判ができるB級ジャッジ、一昨年には東・西日本選手権で審判ができるA級ジャッジの資格を取得した。「審判になって、人に点数をつけることがこんなにも難しいことなんだ、と初めて知りました」と話す。
「高すぎても、低すぎてもいけない。その人にとって最適な点数をつけるのは本当に難しい。選手の頃は審判が思った通りの点数をつけているだけだと思っていましたが、ちゃんとルールに則って点数をつけている。私は選手のいいところをできるだけ多く引き出したいと思いながら採点しています。
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ただ、いつも審判席につくのが楽しみな反面、怖い部分もあるんですね。間違えた点数をつけたらいけないと。そんな話をした時に先輩審判員からいただいたのが『怖いという感情がなくなったら審判はできないよ』という言葉。自分が正しいと過信せず、もしかしたら正しくないかもしれないと、常に学ぶ姿勢を持つことが大切だと言われました」
より公平な採点を目指すため、シーズンごとにルールや採点基準は少しずつ変化する。学ぶ姿勢を持ちながら、常にアップデートされた状態であることが、選手の成績を決める審判にとってのプロ意識でもある。そもそも、中野さんが審判の資格を取ろうと思ったのも、学ぶ姿勢の延長だった。
「選手はもちろんルールを把握していなければいけませんし、難易度レベルの到達に必要な要素や規定は肌感覚のように身についていました。でも、引退するとどんどんルールが更新されて分からなくなってしまう。なので、審判の資格を取って勉強することで、第一線で活躍する選手のルールを把握できるようにしました」
分厚いルールブックとにらめっこしながら「久しぶりに必死で勉強しました。高校生になった気分でした」と笑うが、見事A級ジャッジに合格。目標は一つ上のN級ジャッジを取り、全日本選手権の審判を務めることだという。
中野さんが勧める、より深いレベルで楽しむ観戦方法とは
審判として経験を積むため、初級からシニアまで大小様々な大会に参加するたびに実感するのが、フィギュアスケートの競技人口の裾野が広がった点だという。かつては大会の一クラスに1人いるかいないかだったという男子選手が、髙橋大輔選手や羽生結弦選手、宇野昌磨選手らの影響からか数を増した。同時に、街のスケートリンクでは高齢者が趣味として楽しむ姿もある。
「フィギュアスケートがすごく身近な存在になったんじゃないかと思います。トップを目指す人がいて、趣味の一環として楽しむ人がいる。幅広い年代の方に親しまれているという話を聞くと、メジャースポーツになったんだなと思います」
スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金は、トップ選手が出場する国際大会の開催や次世代を担うアスリートの発掘・育成に役立てられているほか、地域のスケートリンクの整備などにも活用されている。近年フィギュアスケートは競技人口を増やしている一方、コロナ禍や高い維持費の影響を受け、スケートリンクが減少している現実もある。「これ以上減らないように尽力したい」という中野さんは、地域のスケートリンクにこそフィギュアスケートの良さが詰まっていると話す。
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「フィギュアスケート選手のほとんどが、地域のスケートリンクで一般滑走の利用者に交じって練習しています。私も引退するまで一般滑走利用で練習を続けていました。トップ選手と一般の利用者に切り分けず、一緒に楽しめる環境は他競技ではなかなかないこと。素敵だな、と思います。選手が身近な存在になるからこそ、自分も頑張ろうと思ったり、応援したくなったりする。こういう環境は大切にしていきたいですね」
2022年2月には北京オリンピックが開催され、日本を代表するフィギュアスケーターたちの活躍が期待される。世界最高峰とも言える舞台で披露される珠玉のパフォーマンスを、より深いレベルで楽しむための観戦方法について、中野さんがアドバイスしてくれた。
「選手は高い技術を身につけるだけではなく、衣装や音楽も自分で選びますし、実はそこが勝敗を分けるポイントになることもあります。なので、私自身もいつもすることですが、選んだ曲がどんな曲なのか調べてみると面白いかもしれません。例えば映画音楽であれば、その作品を見てみます。選手が映画のストーリーを表現しているかもしれないし、衣装も登場人物からヒントを得ているかもしれない。クラシックバレエの音楽であれば、その作品のあらすじを読んだり、象徴的なポーズを調べてみたり、何かしらリンクするものが見えると思います。
こだわりの衣装にも注目です。特に女子選手は真っ白なリンクの上で映えるように、ラインの入れ方だったりウエストの位置だったり、こだわりが見えます。あと、その時代に流行っているファッションを取り入れる傾向もありますね。ひと昔前はバルーンスカートや髪型をポンパドールにするのが流行ったことがあります。そういったファッションの傾向を見るのも面白いかもしれません」
観る側がいつもより少し下準備をするだけで、最大4分という短い作品に込められた選手の想いが、また違った輝きを放って心に届くことになるのかもしれない。
(当記事は2021年11月に新型コロナウイルス感染症対策を行った上で取材・撮影を行いました。)
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中野 友加里なかの ゆかり
1985年8月25日、愛知県生まれ。3歳でフィギュアスケートと出会い、ジュニア期から頭角を表す。伊藤みどり、トーニャ・ハーディングに次ぐ、世界で3人目となるトリプルアクセルに成功。2005年にはNHK杯国際フィギュアスケート競技大会優勝、翌年には四大陸フィギュアスケート選手権2位となったほか、2007年アジア冬季競技大会でも優勝を飾った。2010年のバンクーバーオリンピック出場権をかけて浅田真央、鈴木明子、安藤美姫らと競ったが、惜しくも代表の座を逃して現役引退。テレビ局に入社し、2014年のソチオリンピックでは番組ディレクター、レポート、解説としてフィギュアスケートに携わった。2019年に退社後は審判員として活動するほか、講演などを通じて競技の普及に努める。
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