インタビュー

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インタビュー

全身にみなぎる、世界の頂点を目指す力。スポーツクライミング 野口啓代

2016年8月。東京2020オリンピックで新しく採用する競技が検討されるIOC(国際オリンピック委員会)の会議でスポーツクライミングが正式に追加種目として決定しました。その1年前、東京2020大会組織委員会が開催した種目追加検討会議の場に、アスリート代表として出席し、スポーツクライミングの魅力や将来性を語ったのが野口啓代(あきよ)選手でした。ワールドカップで通算17回の優勝経験を持ち、プロクライマーとして日本のスポーツクライミングを牽引する野口選手が、競技の魅力や見所などについて語ります。

楽しい木登り感覚から、世界で闘うプロクライマーへ

――まず、簡単にスポーツクライミングについて教えてください

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野口 スポーツクライミングには、3種目あります。一手一手の難易度が高い壁をいくつ登れたかを競う「ボルダリング」、安全確保をした状態で高さ(到達点)を競う「リード」、そして決まった設定の15mの壁を登る速さを競う「スピード」です。通常はそれぞれの種目で大会が行われていますが、オリンピックでは3種目複合の成績で順位を争うルールになりました。

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ボルダリングとリードの大会では、予選と準決勝と決勝でルートが変わり、同じ課題はありません。選手によって得意、不得意な課題や壁の形状壁というのがありますから、誰が勝つのか最後までわからないというのが観戦の醍醐味かなと思いますね。実際に準決勝で1位でも決勝で最下位だったり、逆に準決勝を最下位で通過しても決勝で勝ったりということがたくさんあります。選手も応援する人たちも最後まで諦めないところが、この競技の面白さだと思います。

――野口選手をはじめ、日本の選手が世界大会で活躍しています。

野口 かつては欧米の選手に歯が立たなかったのですが、今では特にボルダリングですと決勝進出6人中3〜4人を日本勢が占めるぐらい強くなりました。国別ランキングもボルダリングは4年連続で日本が1位、リードも1、2位を争う立場にあります。昔は日本人がヨーロッパに出向いて、強くなるノウハウを教えてもらっていましたが、今は逆に海外の選手たちが日本の強さを学びに来るようになりました。

――野口選手とスポーツクライミングの出会いは小学5年生だったそうですね。

野口 家族で旅行に行ったグアムのゲームセンターで、たまたまクライミングの壁を見つけたのがきっかけです。私と父と妹の3人で始めたんですけど、父がとてもクライミングにはまりまして。私が中学校に上がったときに、学校も忙しくなるから家で練習できるようにと、家に壁を作ってくれました。
当時の私には「スポーツ」とか「選手」という発想はなくて、大好きな木登りをして遊んでいる感覚でした。枝が折れる心配がなく、地面にマットも敷いてある、安全な木登りという感じでしたね。

――その楽しい遊びから、競技として意識が変わったのはいつ頃ですか?

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野口 初めてワールドカップに出たのは16歳のときで、世界の舞台でクライミングをするというのがすごい楽しくて。そのあと(ボルダリング)ワールドカップで2位と、自分で思っていたよりもすごく良いパフォーマンスで結果を出せたのが嬉しくて、もっと努力してトレーニングしたらもっと上にいけるんじゃないか、もっと頑張ってみたいと思ったのが最初のきっかけでした。
その後、大学1年生のときにワールドカップで初優勝できて、それをきっかけに大学を辞めて、プロとして競技に専念することにしました。「先はどうなるかわからないけど、やれるところまでやってみたい」と。まさかこんなに長く続けられるとは自分でも想像していませんでした。そしてスポーツクライミングが、こんなに大きく発展するとは思ってもいなかったので、東京オリンピックに決まったときは、正直すごくびっくりしました。

自分が一番トレーニングを頑張った!そう思って大会に出たい

――どんな人がスポーツクライミングに向いているんでしょうか。

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野口 スポーツクライミングは全身を使う競技です。例えば右手と左足を組み合わせたり、右手と右足を組み合わせたりというように、いろいろな体の動き方が必要です。全身の体のコントロールが器用な人、体を自由自在に使える人は、この競技にすごく向いていると思います。また、他の競技と比べて手の力、特に指の力が求められるのが特徴だと思います。片腕だけで、あるいは指何本かだけで体全体を支えるには、かなり力を使います。ですから手や指の力を鍛えながら、全身の柔軟性も保てなければなりません。

――メンタル面はどうですか?

野口 一番大切なのは自分を理解していることだと思うんです。自分はどういう性格で、どういうパターンになったら焦ってしまうだとか、どういったシチュエーションで気持ちよく、楽しく力が発揮できるかということを、自分で理解しておくことが大切だと思います。自分の性格、感情の動きや行動パターンはある程度想像できるものです。認めたくない面があってもそれを受け止めて、いいパフォーマンスを発揮するために何が自分には必要で何が必要じゃないということはしっかり整理しておくべきだと思っています。

――野口選手自身はどうですか?

野口 私自身は、普段の自分がそのまま大会に出るタイプです。ですから日頃からしっかりケアをしてトレーニングして、「これだけやったから大会も大丈夫だ」っていう状態で臨めれば、安心していいパフォーマンスが発揮できますね。でもやり残したことがあって心残りな状態で大会に出てしまうと、自信よりも弱さの方が先に出てしまう。「トレーニングが足りなかったな」とか「この人のほうが私より頑張ってそうだな」と思ってしまうとやはりダメなので、「自分が一番トレーニングを頑張ったんだ」と思える状態で大会に出ることが、私にとってはとても重要です。
もちろんほぼ毎日壁に登っていますし、体作りのトレーニングやストレッチや指先の皮のケア(メンテナンス)も欠かせません。こういう話をすると、とてもストイックな生活をしているように思われるかもしれませんが、自分が一番やりたいことをやっているので、そんなにストレスは感じないですね。それに、食べたいものはある程度何でも食べていますし、手や指を傷つけないように……と思いながら何でも持ちますし(笑)。

日本人の真面目さと環境・サポートの充実が強さを生み出す

――お話を聞いていると、野口選手は大胆さと真面目さの両方を併せ持っている印象です。特に真面目さは、国際的に日本人の長所として評価される部分でもありますね。

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野口 ボルダリングで日本人が強い理由も、まずはその真面目なところにあると思いますね。競技に真剣に向き合う時間は、他の国の選手に比べて長いと思います。それに日本には、クオリティの高いクライミングジムがたくさんあります。小さいときからというか、競技に出会ったときから良質なクライミングジムで、大会に似た環境でのトレーニングに慣れているということも、日本のレベルの高さに繋がっていると思います。

――大会や環境の整備といえば、スポーツくじ(toto・BIG)の収益は、アスリートの活動支援をはじめ、さまざまなスポーツ施設の整備、大会の開催・運営などに役立てられています。スポーツを支えるこの仕組みについてどう思われますか。

野口 日本の各地域で開催される大会や体験教室、スポーツクライミングを楽しむ環境の整備に対して、スポーツくじの助成金によってたくさん支援していただいていることを知って、とてもありがたいと思いました。私たちアスリートは、たくさんの方々にサポートしていただくおかげで日頃の活動が成り立っています。これからも、そういった方たちの協力があってこそ競技に打ち込めているということを忘れないようにしたい。今回あらためてそう思いました。

――野口選手自身は、ユース時代の遠征費などはどう工面されていましたか?

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野口 高校生の頃は、遠征費用などもすべて親が負担してくれていました。同じ頃、周りには「お金がないから続けられない」と、世界への挑戦を諦めなければいけなかった選手もいたと思います。
スポーツクライミングという比較的新しいスポーツが今後発展していくためには、競技の普及、若手選手の発掘・育成が欠かせません。実力と熱意のある若い力が、お金のことをあまり心配せずに競技に打ち込めるように、スポーツクライミング界の環境が変わっていけばいいなという思いも持ちながら、私は結果を残すことで、多くの人たちにクライミングの素晴らしさをアピールしていきたいと考えています。

2020年を見据えて新たなチャレンジ

――2018年シーズンの公式戦は、2月3・4日に東京・駒沢オリンピック公園で開催される「ボルダリングジャパンカップ」で幕を開けます。そして6月にはボルダリングワールドカップ八王子大会、さらに9月には2年に一度の世界選手権をオーストリアで迎えることになります。

野口 まずボルダリングジャパンカップです。昨年は決勝で逆転され2位だったので、今年こそは優勝を奪い返したいです。そのあとはずっとワールドカップを転戦して、一番大きな目標の世界選手権にピークを合わせています。2年後の東京オリンピックも見据えて、今シーズンは新しい取り組みも考えています。世界選手権の、ボルダリング、リード、スピードの3種目で出場することです。
私の場合はユースの頃からずっとやっているリードとボルダリングを引き続き伸ばしながら、不慣れなスピードでいかに足を引っ張らないようにするかが課題だと思っています。今年の世界選手権は3種目すべてに挑戦し、そこでいい成績を収めて、自信をつけていきたいです。東京オリンピックでは、一つでも良い色のメダルを獲りたいなと思っています。

――最後に、この記事を通してスポーツクライミングを「観てみたい」「やってみたい」という気持ちになった方々に向けて、野口選手からメッセージをお願いします。

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野口 スポーツクライミングは、競技種目としてだけでなく、気軽に、自分にあったレベルで楽しめるスポーツでもあります。愛好家は小さな子どもからお年寄りまで幅広く、60代から趣味として始めたという方もたくさんいらっしゃいます。シューズや滑り止めのチョークはジムでレンタルできるので、道具を買い揃える費用もかかりません。興味を持った方はお近くのジムを探して、気軽に体験してみてください!

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野口 啓代のぐち あきよ

1989年5月30日、茨城県龍ケ崎市出身。小学5年生の時にグアムでフリークライミングを体験したことがきっかけでクライミングを始める。小学6年生で中高生をおしのけ、全日本ユース選手権優勝。2008年、ボルダリング・ワールドカップで日本人女性として初優勝後、2009年、2010年、2014年、2015年にはボルダリング・ワールドカップで年間総合優勝に輝く。

アンケートにご協力ください。

Q1

本記事を読んで、スポーツくじ(toto・BIG)の収益が、日本のスポーツに役立てられていることを理解できましたか?

とても理解できた
なんとなく理解できた
理解できなかった
Q2

スポーツくじ(toto・BIG)の取り組みに共感できましたか?

とても共感できた
なんとなく共感できた
共感できなかった
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