インタビュー

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インタビュー

4年に1度の一瞬へ 笑顔のリフターが「限界に挑戦する姿」で生む美しさ

ウエイトリフティング・八木かなえ選手、笑顔の奥にある競技人生とは

 目標を達成する、その一瞬の美しさが人々の心を虜にする。4年に1度の夢舞台。東京大会で3度目のオリンピック出場を狙うのが、ウエイトリフティング・八木かなえ選手だ。自分の倍ほどの重さを上げるパワー競技。笑顔の奥に秘められた競技人生に迫った。

 八木選手は、女子53キロ級で初出場したロンドンオリンピックで12位、リオデジャネイロオリンピックで6位入賞だった。憧れる2大会連続メダリストの三宅宏実選手の後を追うように台頭し、10代の頃から注目を浴びてきた。全日本ウエイトリフティング選手権大会は、2015年から5連覇。新たな階級制の導入により55キロ級への転向を余儀なくされたが、2019年の大会も優勝した国内屈指の実力者だ。

 自身が競技を始めたきっかけは中学3年生の夏。高校見学で部活動体験をした時だった。スクワットで自分の体重ほどのバーベルに挑戦。自分が思っていたよりも簡単に上げることができた。「楽しかったですね。初めてやった時に恩師の先生に凄く褒めてもらった。『真剣に取り組めばもっとできるんじゃないか』という感じで」と話す八木選手は、一気にのめり込んだ。

 5歳から器械体操をしていたが、ウエイトリフティングはほとんど知らなかった未知の世界。両親に意思を伝えると、父親は愛娘の選択に驚きを隠せなかったという。「体操を10年間続けてきたので、どちらかというと体操を続けてほしかったんじゃないかなと。でも、やりたいと言ったらびっくりしながらも、応援はしてくれましたね」。最終的には「向いているんじゃない?」という母親とともに背中を押してくれた。

 最初はやればやるほど記録が伸びた。この感覚が楽しかったが、次第に頭打ちになった。くすぐられたのが探求心。「ちょっとしたフォームや(バーベルを上げる腕の)軌道を変えるだけで軽く上がるようになった。今度は奥深さがあって、研究するのがまた楽しかったですね」と振り返った。

 器械体操で培った体幹や瞬発力が生き、競技歴わずか8か月でアジアユース・ジュニア選手権大会優勝。2009年11月のウエイトリフティング世界選手権で日本代表に抜擢され、10位に入った。全国高等学校女子ウエイトリフティング競技選手権大会では3連覇を達成。瞬く間に頭角を現し、脚光を浴びるようになった。

 ウエイトリフティングの試合は2種目で争う。1つ目が床に置かれたバーベルを一気に頭上に持ち上げる「スナッチ」。2つ目がバーベルを肩まで引き上げた後、身体を伸ばす反動を使って頭上に持ち上げる「クリーン&ジャーク」だ。それぞれ3試技ずつ挑戦でき、各種目のベスト重量の合計で順位を決める。八木選手は2種目の違いを説明した。

「スナッチは、手の幅を広く持って一気に頭の上まで上げる。クリーン&ジャークに比べて凄く技術が必要。少しでも軌道がぶれてしまうと、失敗してしまう繊細な上げ方です。クリーン&ジャークは一度鎖骨に乗せてから上げるんですけど、こちらの方がパワー重視。もちろんテクニックも凄く大事ですが、パワーを使ってより重いバーベルが上げられます」

 八木選手の思うウエイトリフティングの魅力とは何だろうか。一つは「努力をした結果がしっかり表れる競技」ということ。「自分がサボれば、その分記録も出ないです。でも、頑張れば結果が出るというのがやっぱり楽しいかなと思います」。もう一つは、実際に会場で観た時に実感できることだという。

「会場で観た方が独特な雰囲気がある。選手が上げる直前までみんなで大声援を送るのですが、上げる瞬間に急に会場のみんながシーンとする。自然と息を呑むというか、その選手をみんなで上げさせてあげるような雰囲気をつくっているところがあります。上げる人が自分の限界に挑戦している姿を見るとかっこいい。上がった時に感動があると思いますね」

試合会場の“暗黙のルール”が新記録を生むことも

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 規則で決まっているわけではないが、試技の際には静まり返るのが“暗黙のルール”。選手がバーを握るあたりから会場は静寂に包まれるのだ。成功すれば割れんばかりの大歓声が上がる。「快感というか、緊張はしますけど、その空気感があるからこそ練習では上げられない重量が試合で上げられることもありますね」。限界突破を後押しするのが応援だ。

 八木選手にとって見てほしい部分の一つが会場の一体感。目標を達成した瞬間に、競技者の生き様、そこに至るまでに懸けてきた想いが表れる。その姿に美しさが存在するのだ。

「オリンピックもそうですが、高校生でも『これで引退する』という大会で上げ終わった時。上げられるか、上げられないかわからないけど、それでやり切った満足感で泣いちゃう選手もいます。海外の選手だと、オリンピックで最後にその場で靴を脱いで、置いて帰っていくこともあって、それを見てウルっとくることもあります」

 2度出場したオリンピックでは「何もかも違い過ぎる」と会場の規模や注目度の大きさを痛感した。「選手たちの緊張感、ピリピリ感も全く違う。ロンドンではそれにびっくりして空気に呑まれてしまったというか、自分がいるのが信じられないフワフワした感じでしたね」。雪辱を目指した4年後のリオデジャネイロオリンピックでは「今度は絶対に結果を出すと意気込んで力み過ぎた」と、思ったように身体が動かなかった。

「自分の気合と会場の雰囲気がうまく合致できないというか、会場の雰囲気なども全て味方にできれば気合も空回りせずに上手く力に繋がったと思います。難しいなと思いました。4年に1回の大事な大会で力を出し切る難しさは、2大会に出て凄く感じました」

 1日で勝負が決着するウエイトリフティング。心と身体をたった1日に合わせる難しさがあった。体重管理もその一つだ。試合当日に検量があり、最大の力を発揮するために制限体重ギリギリを目指してグラム単位で調整。「会場に行く前にジャストにしておく。移動の時に緊張で減るかもしれないし、トイレに行きたくなるかもしれない」と細心の注意を払う。

 それでも、精神面が体重の増減に影響することもあるという。例えば就寝時と比べ、普段は起床時の体重が500グラム減る選手でも、試合の日だけ800グラムも減ってしまう時がある。八木選手は「寝ている間も凄く緊張して、普段と違う精神状態になっていることもある」と説明する。わずかな体重の増減が競技の結果を左右するのだ。

 普段、八木選手は母校の兵庫県立須磨友が丘高等学校で後輩たちと練習している。一回り年下の選手と励まし合い「ライバルが頑張っている姿を見たら自分も刺激を受けて頑張れるし、後輩に見られていると頑張らなきゃなって思う」と切磋琢磨する日々だ。大学時代に出したスナッチ87キロ、クリーン&ジャーク112キロの自己記録はなかなか更新できず、壁にぶつかっている。それでも、練習のバリエーションを増やし、安定して自己記録に近い重量を上げられるようになってきた。

 日々、ウエイトリフティングと向き合い、レベルアップに励んできた八木選手。そんな競技を支えているものの一つが、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成金だ。アンチ・ドーピングの講習会にも活用されており、八木選手は「ウエイトリフティングは昔からドーピング違反が多く、近年ではオリンピックの競技存続も危ぶまれています。ジュニア期からしっかり教育を受ける事でトップアスリートとしての自覚を芽生えさせることに繋がると感じます」と若い時期から学ぶことの大切さを語った。

 さらに助成金はジュニア世代の研修合宿、国際競技大会の開催などにも活用されている。八木選手は、2021年に自国で開催されるオリンピックが競技の普及、発展に与える影響に期待している。

「会場が有楽町の東京国際フォーラムなのでアクセスがとても良く、今までウエイトリフティングを会場で観たことがない人も観戦に来ていただきやすいと思います。会場が一体となる最高の緊張感や興奮を是非味わってほしいですね。また、開会式の翌日から競技が始まる所や、より重いものを持ち上げた人の勝ちというシンプルなルールも興味を持っていただくきっかけになるのではないかと思います」

オリンピックで後輩たちに伝えたいこと「何か頑張れるような目標を…」

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 競技の普及には課題も感じている。「せっかく競技を知ってくれる人が増えてきたんですけど、なかなかやる場所がない」。八木選手出身の兵庫県には20校近い高校にウエイトリフティング部があるが、他県では1、2校しかない場所も。部活以外で競技に取り組む環境が少ないという。「大人が趣味でやりたくても、バーベルを地面に落とせる環境がなかなかない。普通のスポーツジムではバーベルを地面に落とせないので、環境が少ないのが課題ですね」と明かした。

 今は教師をしながら部活などでウエイトリフティングを教える指導者がほとんど。指導環境について、八木選手は「全く手が足りていません」と明かす。自分では気づきにくい技術面のわずかな課題も、指導者がいれば指摘してもらうことができ、記録の向上に繋がる。また、「やり方を間違えると逆に怪我の原因になってしまうこともあります」と指導者の重要性を唱えた。

 だからこそ、スポーツくじが担う役割について「誰でもウエイトリフティングが気軽にできるように、環境の整備や指導者の養成を支援していただけると競技普及に大きく繋がると感じます」と願う。他競技でもトレーニングの一環として取り入れられることが多く身体作りに最適で、環境が整えばまだまだ普及や発展への可能性を秘めた競技。最近では筋力トレーニングをする女性が増えたことを実感する八木選手は「バーベルを担いでスクワットなどをすると、凄くいいヒップアップにもなる」とアピールした。

 5歳から器械体操に励み、高校からウエイトリフティングに懸けてきた八木選手。スポーツで成長したことがあるという。「目標に向かって努力することですね。成功するか、失敗するかわからないけど、それに向かって頑張れること。あとは、応援の力を凄く感じるようになった。応援があるのとないのとでは、自分の力の出方が全く違う。応援してくれる人への感謝を凄く感じるようになりましたね」。感謝の気持ちがあるからこそ、普段から後輩にアドバイスをしたり、応援して声をかけたりもする。

 新型コロナウイルス感染症拡大の影響で1年延期となった東京オリンピック。コロナ禍で練習時間が短くなるなど、八木選手も満足に練習できない日々を過ごした。「できない時にやりたいと思うことで『あっ、自分はこの競技が本当に好きだったんだな』と再認識することができました」。さらに、テレビ画面に映る同じアスリートたちの言葉に刺激を受けた。

「スポーツ選手が『みんなで頑張ろう』と言ってテレビに出ているのを見て、自分も勇気をもらった。みんな同じ苦しい状況だけど、目標に向かって頑張っている。勇気をもらったので、私も一緒に練習している後輩たちに声をかけたり、自分にできることをしたりすることで、頑張ろうって思ってくれる子たちもいる」

 コロナ禍でウエイトリフティングが「本当に好き」と実感し、社会におけるスポーツの価値を知った。想いを表現する時間は来年やってくる。東京オリンピックはどんな大会にしたいのか。1年延期となった夢の舞台を見据えて言った。

「もちろん応援してくれる人に感謝を伝えたいのもありますし、コロナで試合がなくなって目標を失った子たちも多いので、そういった子たちにオリンピックってすごいということを知ってもらいたいです。そこを目標にしてもらったり、オリンピックではなくても何か頑張れるような目標を見つけてもらえるように。そういうことを伝えていけたらなと思います」

 試技に成功した瞬間、笑顔を咲かせる八木選手。限界に挑戦する姿を見せ、これまで懸けてきたものを表現する。

(リモートでの取材を実施)

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八木 かなえやぎ かなえ

1992年7月16日、兵庫県生まれ。ALSOK所属。高校1年生の時にウエイトリフティングを始める。競技歴わずか8か月でアジアユース・ジュニア選手権大会優勝。2009年のウエイトリフティング世界選手権で日本代表入りし、10位となった。全国高等学校女子ウエイトリフティング競技選手権大会では3連覇。女子53キロ級で初出場したロンドンオリンピックで12位、リオデジャネイロオリンピックで6位入賞。全日本ウエイトリフティング選手権大会は、2015年から5連覇。55キロ級に転向した2019年大会も優勝した。

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