インタビュー

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インタビュー

“生きたコミュニケーション”を ラグビーの世界的名将が沖縄で“夢授業”

2011年ワールドカップ日本代表主将の菊谷氏とともに「GROWING教室」に登場

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 梅雨が明けたばかりの沖縄の青空に威勢のいい声が響いていた。「イイヨー!」「スバラシイ!」。声の主は、ラグビーイングランド代表ヘッドコーチ、エディー・ジョーンズ氏。前日本代表ヘッドコーチだ。スポーツくじ(toto・BIG)は、6月30日、宜野湾市内の沖縄国際大学のグラウンドで、「GROWING教室」と称し、県内の高校生約50人を対象にしたラグビー教室を開いた。

 スポーツくじの収益は、次世代選手の発掘育成、グラウンドの芝生化、地域スポーツ施設の整備など、スポーツ振興のために役立てられている。「GROWING教室」は、第一線で活躍しているスポーツパーソンを指導者として招いた教室で、スポーツの魅力(楽しさ、喜び)、スポーツの価値(自己実現、成長)を改めて体感する機会を提供することを目的として開催するものである。

 記念すべき第1回の指導者を務めたジョーンズ氏。強豪の母国オーストラリア代表のヘッドコーチを経験し、2007年ワールドカップでは南アフリカ代表に携わり、ワールドカップ優勝を経験。その後は日本代表のヘッドコーチを務めた。2015年ワールドカップでは南アフリカ代表を破り、日本のスポーツ史に残る番狂わせを演じ、大会3勝をマーク。現在、イングランド代表を率いる名指導者が、2011年ワールドカップで日本代表の主将を務めた教え子の菊谷崇氏とともに指導に当たった。

 午後2時。緊張の面持ちでグラウンドで待つ高校生たちと対面したジョーンズ氏。挨拶の場で求めたのは“生きたコミュニケーション”だった。「今日は皆さんに成長したいという気持ちを持ってプレーしてほしい。そのために大事になるのは(生きた)コミュニケーションだ。スマートフォンは今日持って来ている?でも、今日はスマートフォンを使わずにしっかりとコミュニケーションを取ろう、グラウンドではメッセージが送れないから」。こんな言葉とともに指導はスタートした。

 練習はジョーンズ氏がアタック、菊谷氏がディフェンスを指導。ジョーンズ氏のもとでは、状況判断も養われるように指で指示した人数の攻撃陣、守備陣が各自グラウンドに入り、アタックを展開する。「アタックの目的は何?点を取るためには前に進まないといけない。パスを出したらサポートは前に前に。ハンズアップしてアーリーキャッチをする。まずはシンプルにやっていこう」とレクチャー。しかし、攻撃側の連携が取れていないと見ると、すぐに練習を止め、選手たちに厳しい言葉を投げかけた。

「名前を知らなくてもコミュニケーションは取れる」

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「なぜ、お互いが話してない?なぜ、話さない?話したくないんだったら、今すぐスマートフォンを取ってきていい。名前を知らなくてもコミュニケーションは取れる。それができないならラグビーはできない」。高校が違い、初対面の選手ばかり。しかし、ラグビーは試合になれば、プレー中に監督は指示できない競技で、選手の主体性が求められる。コミュニケーションを取らなければ良いチームになれないというメッセージが込められているようだった。

 また、攻撃側の選手がサイドに流れると「なぜ、まっすぐに走らない?そっちにかわいい女の子でもいるのか?」、連続してプレーで足が止まると「ラグビーはジョギングではできない。100%で走らなきゃ」と声を張り上げ、ジョーンズ氏らしいユーモアも交えた言葉で鼓舞。時間を追うごとに遠慮し合っていた選手たちに闘志が漲(みなぎ)り、迫力のあるプレーを展開するようになった。これにはジョーンズ氏も「すごく良くなった。こういう風にやれば、絶対にうまくなるよ」と時間を追うごとに変わっていった彼らを称えた。

 さらに、続いて行ったのはタックルの練習。「ラグビーでディフェンスは一番簡単だ。なぜか分かる?自分がボールを持っていないからだ」とジョーンズ氏。ボールを持った選手に体をぶつけるというシンプルな意識を植え付けさせ、「タックルのゴールデンルールを3つ教えよう」と説いた。

 1つ目は「早くセットすること」。いかなる状況でもダッシュでポジションを取り、相手がアタックを展開するより前にディフェンスの位置に着くことで対応に余裕が生まれる。2つ目は「まっすぐに当たること」。まっすぐ相手に向かっていくことで、ヒットの瞬間に相手の体勢を自身が誘導したい方向に仕向けることができる。3つ目は「ヒットすることが大好きであること」。過酷なプレーであっても恐怖心を排除し、足と頭を近づけてぶつかることで効果の高いタックルができるようになる。

 最後に行ったのはゲーム形式の練習だった。3チームのうち2チームがプレーし、片方がターンオーバー(ボールを奪われること)されたら、残りの1チームと瞬時に交代し、プレーを途切れずに連続で展開させるというもの。ジョーンズ氏は簡単な説明のみで開始。選手はルールの把握に戸惑ったが、ターンオーバーのたびにすぐにボールを蹴り込んでプレーを連続させた。3チームの誰ひとり気が抜けない。それは、試合中にどんなことが起こるか分からない状況を、全員でコミュニケーションを取って乗り越える課題のようだった。

短時間で成長した姿を称賛「君たちの姿勢には感銘を受けました」

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 こうして濃密に過ごした1時間半の指導。ジョーンズ氏と菊谷氏は総括し、選手たちに温かい言葉を贈った。菊谷氏は「常に難しい状況が試合の中にはある。それを自分たちで練習から作らないといけない。特に自分のことを伝えるのは難しい。『声を出していこう』と言い合うことだけがコミュニケーションじゃない。次はどんなプレーをしようと意思疎通が取れて初めてコミュニケーションになる。動きながらのコミュニケーションというものをもっと大事にしていこう」とエールを送った。

 さらに、ジョーンズ氏は「個々が集まって始まり、最後はラグビーのチームワークを見ることができた。コミュニケーションを取り合い、声をかけあった方がラグビーは楽しいもの。君たちの姿勢には感銘を受けました」と短時間で成長した選手たちを褒めた。ただ、ジョーンズ氏にとってもっと大事なことは、この成長を継続させていくこと。「もし、1年後に私が来たら、今日始まった時の状況に戻っているか、今日終わった時の状況から始められるか、どっちだろう」と語りかけた。

「大事なことはもっと成長したい、もっといい練習がしたいと思って取り組んでいくこと。それは本当に難しい。しかし、今日の最後の意識をもって練習への取り組みができれば必ず成長できる。試合を終えたら、すぐに試合を振り返ってたくさん話すことだ。一人ひとりが最低10%は成長していてもらいたい」。こう話すと、2人1組でこの日学んだことを発表するように求めた。得た気付きをアウトプットすることで互いの共有財産とする狙いを込めていた。

参加者も充実感いっぱい「ラグビーの面白さを感じることできた」

 実際に参加した選手にとっては貴重な機会となったようだ。県内の強豪・名護高等学校、屋部謙陣(やべけんと)君(3年生)は「エディーさんのような世界的な名将に指導してもらえるなんて、あり得ないこと。だからこそ得るものは大きかったです。基礎的なことも多かったですけど、強いチームはこういう隅の部分までしっかりやっていると感じました。コミュニケーションも『頑張ろう』と言うことだけじゃなく、自分の意思をしっかり発信することが大事と思いました。将来はラグビー指導者になりたいと思っているので、夢のような時間でした」と振り返った。

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 また、高校入学を機に4月からラグビーを始めたばかりで部員1人で活動する宜野湾高等学校・多和田真太(たわだしんた)君(1年生)はパスのキャッチングの姿勢から「抱っこちゃん」とジョーンズ氏にあだ名をつけられ、「すごい監督なのに親しみやすい方でした。今日、できなかったハンズアップをもっと練習したいと思いました。1人ではできないコミュニケーションの大切さを知って、ラグビーの面白さを感じることができました」と笑顔。それぞれ技術のレベルは違っても、選手たちが得たものは一様に大きかった。

 選手たちとの記念撮影を終え、指導を終えたジョーンズ氏は充実した1日を振り返った。「今日、教えたのは基本的なスキル。ディフェンス、ブレイクダウン。最後に全部の要素を盛り込んだゲームをしました。自分たちで考えて動くことができる、というように持って行きました。最初は静かで恥ずかしがっていたけど、選手がどんどん上達したので凄いなと思いました。常に日本に優しくしてもらっていた恩返し。特に高校生に教えるのは好きなので、いい機会になりました」と優しい笑みを浮かべた。

 すべてのメニューを終えると、グラウンドには西日が差し始めていた。ラグビーの世界的名将が沖縄の高校生と過ごした夢のような90分。照らし出された選手たちの笑顔が、いっぱいの充実感を表しているようだった。

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エディー・ジョーンズ

1960年1月30日生まれ、オーストラリア出身。現役時代はフッカーを務めた。プレーの傍ら、大学卒業後は高校の教員として体育を教えた。1995年に来日し、日本で指導者のキャリアをスタート。2001年にオーストラリア代表ヘッドコーチに就任し、2003年ワールドカップで準優勝。2007年から務めた南アフリカ代表のテクニカルアドバイザーでは同年のワールドカップで優勝。2012年に日本代表ヘッドコーチに就任し、2015年ワールドカップでは1次リーグで敗退するも歴史的3勝を挙げた。現在はイングランド代表ヘッドコーチを務める。

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菊谷 崇きくたに たかし

1980年2月24日、奈良県出身。御所工業高等学校から大阪体育大学を経て2002年にトヨタ自動車入社。2005年に日本代表初選出、2008年からは主将を務め、2011年のW杯ニュージーランド大会に全試合出場。2014-2015年シーズンにキヤノンイーグルスに移籍。2017-2018年シーズン限りで引退。日本代表キャップ68試合。引退後は東京・調布市で元日本代表主将・箕内拓郎氏、元日本代表・小野澤宏時氏とともに「ブリングアップラグビーアカデミー」を主催。2017年は高校日本代表のコーチも務めた。

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