インタビュー

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インタビュー

「1メートル先の自分」を目指して 東京に描く「9秒台」の向こう側

自己ベスト「10秒00」、トップスプリンターに駆け上がった競技人生

 2020年東京オリンピック、陸上男子100メートル。一生に一度、自国で迎える夢舞台で決勝のレーンに立つ。そんな日本勢88年ぶりの快挙を狙っているのが、山縣亮太選手(セイコー)だ。近年、高速化が進む日本男子短距離界において、26歳のスプリンターが3度目のオリンピックにかける想いは強い。2012年ロンドン大会、2016年リオデジャネイロ大会はともに準決勝で涙をのんだ。

「リオデジャネイロ大会から東京大会に向けた4年間、2017年に怪我をしたものの、1年ごとに自己ベストと、それに近いタイムが出てきて、順調にステップアップが続いている状態。この流れを絶やさず、今年は昨年より貪欲にレベルアップを目指して行きたい。東京で決勝に残るということは一つの大きな目標になります」

 東京オリンピックの前シーズン。世間の注目を集めるのが「9秒台」だ。過去に10秒00を2度マーク。風、天候に泣かされたことも多く、条件が整えば……と言われながら、0秒01の壁が厚い。そんな中、桐生祥秀選手が2017年に日本人初の9秒台となる9秒98をマークし、日本記録を保持している。ただ、強いライバルがいるから「9秒台」は通過点とも思える。

「刺激はすごく感じている。桐生選手はもちろん、スプリント界にライバルは多い。その時々の調子、状態によってはいつ誰がどんな記録を出し、日本選手権を勝つのかも分からない。気は抜けないし、10秒00も満足するレベルにないけど、9秒台を出したとしても、まだまだ自分を変えていかなければいけない。ライバルがいるから、そう思わせてくれます」

 サニブラウン・ハキーム選手、ケンブリッジ飛鳥選手、多田修平選手らをはじめ、好選手は多い。しかし、そうは言っても、山縣選手は2018年、100メートルで日本人選手を相手に負けなしだ。日本歴代2位の好タイムを持ち、2016年リオデジャネイロ大会では4×100メートルリレーの第1走者として銀メダル獲得に貢献したことは記憶に新しい。

 ただ、キャリアの足跡をたどってみると、小さい頃は野球少年だった。広島市出身で小さい頃から今でも広島東洋カープのファン。二足のわらじで競技をやっていたが、陸上の道を本格的に志そうと思ったのは小学4年生で初めて出場した大会で優勝したこと。それによって、身近な人に笑顔を届けられたことが幼心に嬉しかった。

「優勝できたことより、両親、祖父、祖母、友達……いつも近くにいる人たちがすごく喜んでくれたことが、『足が速くなりたい』というモチベーションになった。野球も好きだったけど、陸上の方が褒められることが多くて(笑)。個人、団体の違いはあるけど、陸上は自分がやってきたことが良くも悪くも跳ね返って来やすい。それが、自分にとって面白かったです」

伸び悩んだ中学生時代、それでも走ることをやめなかった理由

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 小学5年生で全国大会8位となった。しかし、その後も順風満帆だったわけではない。「日本一になる」を目標に掲げたが、周りよりも成長期が遅く、記録がなかなか伸びなかった。「負けた試合は多かったし、中学3年生くらいまで落ち目。そういう意味で悔しさを味わったことはすごく多かった」と振り返る。それでも、走ることをやめなかった理由は――。

「日本一を目指すことが辛くなって、目標値を下げました。中学は日本一になるより、とにかく自己ベストを出すという目標に切り替えました。自分なりに昨日より足が速くなるにはどうしたらいいかを考えた。加えてリレーで全国に行きたいという目標もありました。あと一歩、苦しいところで追い込む時に『ここで負ける訳にはいかない』と仲間の顔がちらつく。そこで頑張ることができましたね」

 遅かった成長期の到来とともに、記録も徐々に伸びていった。飛躍の原動力となったのは、体の成長とともに気付いた陸上の面白さだ。「練習はしんどい。でも、やった分だけ返ってくることが楽しかった」。努力が結果に跳ね返りやすい。そんな魅力から競技に打ち込み、一度は下げた目標を「全国」「世界」と少しずつ上げていき、メキメキと頭角を現した。

 高校2年生で出場した2009年世界ユース陸上競技選手権大会100メートルで4位に入賞し、大学2年生の春に出場した織田幹雄記念国際陸上競技大会100メートル予選で10秒08をマーク。2012年ロンドンオリンピックで日本代表に選ばれ、一躍トップスプリンターに駆け上がった。

 以降はセイコーホールディングス株式会社に入社し、2020年東京オリンピックで100メートル決勝のレーンに立つことを目指して、0秒01と格闘する日々を過ごしている。

トップ選手として感じる“未来の陸上界”を支える助成金の役割

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 世界との距離を縮め、変わりつつある陸上界。アスリートが成長していくためにトレーニング環境などのサポートも重要となる中、スポーツくじ(toto・BIG)の収益による助成は大きな役割を担っている。

 スポーツくじの助成は、地方公共団体やスポーツ団体が行う教室や大会の開催をはじめ、地域の陸上競技場の整備、さらには次世代選手の発掘・育成など、“未来の陸上界”を支える存在であるとその役割を口にする。

「本当にありがたいことだと思っています。意識の高い選手は、どんどん伸びていくでしょうし、それが陸上界の発展にもつながっていきます」

 陸上競技における次世代選手の発掘・育成事業に対する助成は、平成14年度からこれまでに31件、約3億5千万円に達している。山縣選手は、個人としても助成を受けており、このように話してくれた。

「主に合宿がやりやすくなりました。加えて日々の食事管理など、競技をする上で怪我のない体を作っていくために活用させていただいています」

 日本スプリント界を担う存在。競技環境がさらに良くなるために選手として今、すべきことは理解している。

「100メートルに関して言えば『日本の選手は世界に歯が立たない』というイメージを僕自身も昔は持っていました。ある種の先入観が存在する現状を、選手をやっているうちに打破したい。これからの陸上界を背負っていく子どもたちには、そんな先入観を持たずに短距離をやってほしい。自分も努力次第では世界のトップレベルに行けるんだという希望をもって競技に励んでくれたらうれしいですね」

 実際、世界の第一線で戦ってきたからこそ、“日本人の強み”も感じるところがある。

「技術の日本人とよく言われるけど、それはどういうことなのか、自分なりに考えました。身体能力が恵まれていないことが事実かは置いておいて、走りの細かい部分を“突き詰める能力”は日本の選手の強みで、そういう性質は日本人が負けない部分かなと思っています」

目標は「9秒90」…「たった」ではなく「大きな」1メートル先を目指して

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 さらなる競技の普及、発展へ。子どもたちに伝えたい陸上の楽しさについて問うと「すべての競技の中で一番シンプルなスポーツ。走ることはスポーツの基本的な要素です。単純に足が速いだけで、僕はカッコいいことだと思う。多くの人がやることですから。それを突き詰めていくことが陸上のスプリント(短距離)ならではの面白さです」と明かしてくれた。

 陸上の面白さを次世代に伝えるため、2020年に迫った東京オリンピック・パラリンピック競技大会は大きなアピールの舞台だ。100メートル決勝を目指す上で、目標記録に「9秒90」を挙げる。陸上界では0.01秒で10センチの差がつくと言われ、現在の自己ベスト10秒00から0.1秒を縮めるとなると100センチの差。つまり、今の自分より1メートル先を走る必要がある。

「陸上短距離の1メートルは“たった1メートル”ではなく“大きな1メートル”。これから10秒を切ったとしても9秒90、もしくは9秒8台はもっともっと前にあるもの。だから、9秒台を出しても満足することなく変化していく。技術的な部分、フィジカルの部分で改良していくことが大事になります」

 結果を出してもなお、求める“変化”。そのため、最大の武器と言われる「スタート」においてもチャレンジを欠かさないつもりだ。「得意にしていても理想から言えば、まだまだ反省すべきことがある。具体的に言えば、上下左右の動作の無駄をなくし、精度をより上げていきたい」。9秒台の、その先へ。これまでの競技人生で培った、目標を立て、一つひとつ乗り越える実行力を2020年東京大会に向けても発揮していく。

 夢の舞台まで1年余り。胸の高鳴りは隠せない。

「東京オリンピックを選手として迎えるのは、アスリートとして誰にでもあるチャンスではありません。今よりもっと日本の国民の皆さんが陸上競技に期待感を持つようになって、スタンドを埋め尽くしてほしい。そんな期待の中で結果を出すことが選手としては最高にカッコいいことですから。それに向けて、しっかり準備して、自信を持った状態で東京のスタートラインに立ちたい」

 速く走り、期待に応える。その“カッコ良さ”は小学4年生で初めて陸上の魅力を知ったあの日から変わらない。2020年、夏。東京で鳴る号砲は、陸上界のさらなる明るい未来へのスタートになる。

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山縣 亮太やまがた りょうた

1992年6月10日、広島市生まれ。小学4年生から陸上を始める。修道高等学校2年生で出場した世界ユース陸上競技選手権大会で100メートル4位入賞。慶應義塾大学進学後、2012年ロンドンオリンピックに出場し、100メートル準決勝進出、4×100メートルリレー4位入賞。翌年の日本陸上競技選手権大会100メートルで初優勝した。2015年にセイコーホールディングス(株)に入社後、2016年リオデジャネイロオリンピックに出場し、100メートル準決勝進出、4×100メートルリレーでは銀メダルを獲得した。自己ベストの10秒00は日本歴代2位タイ。

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