インタビュー

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夢はこれから探しに行く 世界の頂から小田凱人が見つめる白紙の未来

ユメミルノート vol.8|車いすテニス 小田凱人選手

 闘い抜くアスリートたちはこれまでにどんな夢を掲げ、叶えてきたのでしょう? そして、その夢のためにどのような努力をし、失敗や苦労を乗り越え、どんな人やものに支えられてきたのでしょうか。そんなアスリートの夢を紐解く連載「ユメミルノート by スポーツくじ」。第8回は、車いすテニスの小田凱人選手が登場。

 2025年に車いすテニス四大大会の最後のタイトルである全米オープン・男子シングルスを制覇し、四大大会とパラリンピックで優勝する「生涯ゴールデンスラム」という偉業を19歳の若さで達成した小田選手。他を寄せ付けない圧倒的な活躍ぶりとは裏腹に、取材当日、地元・愛知にある練習場で練習メニューをこなす小田選手の姿は、内省的な印象すら覚えるほどに淡々としていました。

 そんな彼の口から出てきたのは「今、はっきりした夢はまだないんです」という言葉。世界のトップに君臨する彼は、どんな気持ちでコートに立ち続けているのか。一つの夢を追うことだけが正解ではない等身大のアスリートの姿、今はまだないという夢に対する思い、そしてスポーツくじの助成金についても語ってくれました。

小田凱人選手が記入したユメミルノート int_175_2
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幼少期に抱いた「スーパースター」という夢

 小田選手が保育園の頃から抱いていた夢は「スーパースター」。両親が聴いていた長渕剛さんの「SUPER STAR」が好きで、口ずさみながらよく自転車を漕いでいたのだそう。「今でもすごく好きな曲で、当時から気に入っていたのでその影響でスターに憧れていた気がします」と幼少期を振り返ります。

int_175_4 幼少期はサッカーをプレーしていた小田選手  [写真]=本人提供

 9歳の時に左脚に骨肉腫を発症し手術を受けたことで車いす生活を送ることになった小田選手。ロンドン2012パラリンピックで戦う国枝慎吾さんの姿に惚れ込んだことがきっかけとなり9歳半で車いすテニスを始めました。

「テニスのジュニアの選手と一緒に合同練習をしていたことが思い出です。僕自身、障がいにネガティブな感情は最初からあまりなかったですが、特別視されることは避けていたと思います。だから『ただのジュニアの選手』と見られたかった。

当時、みんないい意味で僕のことを『車いすの人』として見ていなかったですし、そもそも普通のテニスのジュニアと一緒に同じコートでテニスをする機会があまりなかったのですごく刺激をもらっていました」

int_175_5 健常ジュニアとの練習時。「合同練習をする機会があまりなかったので印象的でした」と小田選手  [写真]=本人提供

「自分らしさを失わない」という意識

 周囲のサポートを得ながらのトレーニングでは、強さ以上に自分らしさを追求することを大切にしてきたといいます。駆け出しの頃の自分に一言かけるとしたら「そのままコーチの言うことは聞くな!!!」という小田選手。そこにも「自分らしさを失うな」というメッセージが込められています。

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「最初は自分がやりたくて始めたスポーツなのに、気づいたらプレースタイルの半分以上がコーチの考えになってしまうことがあると思うんです。そうなると、試合で苦しくなった時に自分自身が何をしたいのかがわからなくなってしまいます。

テニスは試合中のコーチングが禁止されている競技ですし、試合をするのはコーチではなく自分。だからこそ、“自分のやりたいプレー”がまずあって、そのうえでコーチにうまくバランスを取ってもらうのが理想だと思っています」

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 ミスをした瞬間、反射的にベンチのコーチのほうを振り返る癖も、相手からすれば余裕がないサインに見えてしまいます。「そういう姿を見せないことも作戦のうち。そういった部分も試合の一部だという感覚で全ての試合に臨んでいます」と小田選手は力強く語ります。

「世界を獲る」が真実味を帯びてきたターニングポイント

 今や世界の頂で戦う小田選手にも、「自分はどこまでいけるのか」ということを試すような時期がありました。「ターニングポイントのできごと」として挙げてくれたのは、コロナ禍が明けて初めて海外に遠征した時のこと。当時の小田選手の世界ランキングは100位前後。そこから、世界20位前後のトップシード選手が集う国際大会に挑みました。

int_175_8 コロナ禍明けの初めての海外遠征 [写真]=本人提供

「どれくらい通用するかな、くらいの気持ちで行ったのですが、想像以上に勝てたんです。遠征を終えた頃にはランキングが15位前後まで上昇して、パラリンピックや四大大会の常連選手たちからダブルスや練習に誘われるようになりました。

それまでは『世界を獲ってやるぞ!』と言うことはビッグマウスだったと思うんです。でも、この遠征を境に、『本当に獲りにいけるかもしれない』というリアリティが出てきた感覚がありました」

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 積み重ねてきた努力が具体的な手応えと自信に変わった瞬間を体験し、2025年には史上最年少の19歳で生涯ゴールデンスラムという快挙を達成。

 そんな小田選手がこれまでに叶えた一番大きな夢は、パリ2024パラリンピックで金メダルを獲得したことだといいます。幼少期に国枝慎吾さんのプレーを観てからパラリンピック金メダルを目指し続けていた小田選手。生涯ゴールデンスラム以前に、小田選手にとって人生を懸けるに値する唯一無二の目標になっていました。

int_175_10 パリ2024パラリンピック表彰式で金メダルを掲げる小田選手 [写真]=Dean Mouhtaropoulos/Getty Images

「車いすテニスを始めた時からの目標がパラリンピック金メダルでした。夢を叶えた成功者が『夢を叶える前のほうが良かった』『夢を追っているほうが好きだった』というような話をしているのを見聞きしたことがありますが、僕は夢を叶えた今が一番楽しい。劇的に自分が変わったわけではないけれど、目指していたものを手にできたことで、モチベーションが前より上がっています」

一つの夢に縛られずに広がる未来

 大きな夢を叶えた今、これからの夢については「まだはっきりとないんです」という小田選手。

「以前は、夢を持っていないことがすごくネガティブに感じられて、夢がない自分=つまらない世界にいる自分というイメージがありましたし、次の夢は何か自分に問い続けていた時期もありました。でも、今では行き当たりばったりの感じが意外と居心地いいんです。

夢や目標が何もないわけではなくて、何か一つに縛られないスタイルが、今の自分には合っています。車いすテニスという競技そのものを自分の力で大きくしていかないと、結果を出しても満足できないんですよね。競技の価値を高めるために、まだまだやることがたくさんあると感じます」

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「行き当たりばったり」と言いつつも、小田選手にはブレない軸があります。それが「10年前でも10年後でも同じ決断をするかどうか」ということ。何かを選ぶ瞬間に、その時だけの感情に流されないように意識すること、過去の自分も未来の自分も納得できるかどうかを常に問うこと──長い時間軸で自分を見つめる姿勢は、歴戦のベテランのような成熟さすら感じさせます。

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「大前提として自分らしくいることが一番大事。だから、もし10年後の自分が違う選択をすることがあったなら、それは自分らしさを見失っているサインだと考えています。ちょっとしたことをする時でも自分のフィルターを通して物事を見ることを意識していますし、その感覚を忘れないことが何かを決断する時に大事だと思っています」

10代でも成功できる。同世代へ見せる自分の背中

 小田選手のように、日々世界で戦うアスリートたちが避けて通れないのが、金銭的な負担です。海外遠征や用具費など、特にトップを目指す過程においては経済的なハードルが存在します。だからこそ、小田選手はスポーツくじの助成金の存在を「すごくありがたい」と感じているといいます。

「車いすテニスのようにメジャーではない競技では、トップレベルに近づくまでの金銭面が一番大変だと思いますし、僕も相当苦労してきました。スポーツくじの助成金のおかげで、若い10代の選手でも海外の大会に行けたり経験を積めたりするので、キャリアやチャレンジの可能性がさらに広がると思います」

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「僕自身、『ありがとうございました』だけで終わらずに、サポートしてもらった分を返せるくらい活躍しないといけないと思っています」と続ける小田選手。今、様々なスポーツで支援を受けている若い世代にも、「その気持ちをモチベーションに変えて、どんどんチャレンジしてほしい」とエールを送ります。言葉の端々に同世代や下の世代のアスリートたちを鼓舞するようなメッセージを滲ませる彼は、これから子どもたちに夢を叶えた自分の姿を見せていきたいと語ります。

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「若くても成功したり、夢を叶えたりできるという成功例に僕自身がなりたかったんです。ジャンルを問わず、10代でもある程度のところまでいけるんだというところを見せたかった。

特に同じ10代の人たちには、『もっと勢いのあるところを見せようぜ』という思いがとても強くあります。そのためには勝ち続けることが欠かせません。いろいろと言いましたけど、試合に勝つだけ。僕のやることはそれだけです」

パラスポーツへの助成

 スポーツくじの収益は、車いすテニスを含むパラスポーツの普及・発展のためにも役立てられています。

 パラスポーツ体験会や自治体によるパラアスリート発掘・育成事業、車いすハンドボールや車いすバスケットボールなどの各競技会の開催など、スポーツくじの助成金が広く役立てられており、パラスポーツで輝くアスリートたちを後押ししています。

 スポーツくじの助成金は、日本のスポーツの国際競技力向上、地域におけるスポーツ環境の整備・充実など、スポーツの普及・振興のために役立てられています。

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(取材:2025年11月)

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小田 凱人おだ ときと

2006年5月8日、愛知県出身。9歳の時に骨肉腫を発症。車いすテニスの国枝慎吾の動画を観て競技を始める。2020年に18歳以下の世界一決定戦であるジュニアマスターズにてシングルス、ダブルスで二冠。2021年に最年少で車いすテニスジュニア世界ランキング1位に。2022年より東海理化に所属し、15歳でプロ転向。17歳で出場した2023年の全仏オープンで史上最年少優勝。史上最年少の19歳で世界ランキング1位に。18歳で出場したパリ2024パラリンピックにて史上最年少で金メダルを獲得。2025年9月で全米オープン初優勝を果たし、史上最年少かつ車いすテニスでは史上3人目の生涯ゴールデンスラムを達成。

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