インタビュー

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ノルディック複合の第一人者が感謝 自分を見つめ直した先輩の叱咤

スキー・ノルディック複合 渡部暁斗選手

「スポーツから学ぶ、成長のヒント」GROWING byスポーツくじ。今回は、スキー・ノルディック複合の第一人者、渡部暁斗選手が登場する。高校2年生だった2006年のトリノオリンピックから5大会連続で出場。2014年ソチオリンピックでは個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得し、個人種目では日本人選手として20年ぶり2度目の快挙を遂げた。2018年平昌オリンピックでも同種目で銀メダル、そして2017-18年シーズンには悲願のワールドカップ総合優勝を果たした。2022年北京オリンピックでは個人ラージヒルと団体で銅メダルを獲得している。前編では、スキーを始めた子どもの頃から、競技に対する自身の姿勢を見直すことになった学生時代の頃までの忘れられない経験を深掘りする。

小学校の卒業文集に書いた「世界一になる」という目標

――9歳の頃、地元の長野県で開催されたオリンピックを生観戦したことが、ジャンプを始めるきっかけになったと伺いました。

「地元の小学生として招待されてノーマルヒルを、ジャンプ好きだった母に連れられてラージヒルと団体を会場で観ました。記憶として残っているのは試合そのものよりもオリンピックの熱気とか盛り上がりですよね。特に猛吹雪の中で会場にいたジャンプ団体は、本当にもの凄い歓声でした。ジャンプを自分でもやってみたいって、何か自分にスイッチが入ったような感じがあったんです」

――渡部選手は、幼い頃どのような少年でしたか。

「振り返ってみると結構、石橋を叩いて渡るタイプだったかなと思います。積極的に何かを挑戦するような子どもではなくて、凄くシャイでした。レゴとかゲームとか自分の好きなことを黙々とやっていましたね。ジャンプを始めるまでスポーツはまったくやっていませんでした」

――ジャンプを始めたら、すぐにハマってしまった、と。

「飛ぶのはもちろん怖さもありましたけど、楽しかったですね。新しいジャンプ台、大きいジャンプ台に挑んでいく際の高揚感、飛び終えた時の達成感がありました。僕はこの道でやっていくんだろうなという想いはあったと思います。何か他のことでは置き換えられない、自分にとって特別なものでした」

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――小学校の卒業文集には「ジャンプで世界一になる」と書かれています。

「ジャンプを始めた頃から『この道の一番先には何があるんだろうか』って漠然と思っていました。ただ、(文集のことは)覚えていなかったので、こんなこと書いていたんだなって(笑)」

――好きなことに思い切りのめり込む暁斗少年の姿が目に浮かびます。家庭においてはどのような教育があったのでしょうか。

「人に迷惑を掛けるな、挨拶はするように、それと自分がやられて嫌なことは人にするな。基本的にはそれくらいですね。母は習い事のパンフレットを持ってきてはいつも『どう?』って聞いてくるんですよ。3つ下の弟が何でもやろうとするのに対して、僕なんかは全然やらない(笑)。それでも、母からは特に何も言われることもなく、自分で選択することを尊重してくれました」

初めてのオリンピックで学んだ4年後への心構え

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――中学生になるとノルディック複合も始めて、最終的には競技としてこちらを選択することになります。

「長野県でジャンプをやる子どもたちは、どちらの大会にも出なければいけなかったんです。僕、走るのは嫌いだったんで(複合の方は)本当に嫌々やっていたんです。でも、中学3年生の頃、スキーで走ることが意外にも得意になってきて、全国で2位になりました。好きな競技としてはジャンプなんですけど、自分に向いているのは複合だな、と。誰にも相談することなく、高校に入って選択する時に複合にしました」

――「ジャンプで世界一」は「複合で世界一」に。その大きな目標というものは学生時代もずっと持っていたのでしょうか。

「漠然と見据えてはいたと思います。1年ずつとか何年後とか、中期目標のようなものも立てて、ここまでにこれは達成しておこう、みたいなものはありましたね。ただ、ジャンプとクロスカントリーの両立は凄く難しい。片方の競技力が上がってくると、逆にもう片方が下がっていく感じで、上下動を繰り返しながら(全体として)少しずつ上げていくイメージなんです。モヤモヤしたものは常にあるので、一気に伸びていくという感覚が持ちにくい競技ではあります」

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――複合は矛盾したスポーツだとよく聞きます。それが醍醐味であるとも。

「ジャンプの場合は空中で長く浮くには(体重が)軽い方がいいので、身体の余計な筋肉をそぎ落として体重を減らしたい。でも、そうすると今度はクロスカントリーが速く走れません。上半身のパワーも必要になってきますし、クロスカントリーでは(筋肉は)余計なものなんかじゃない。その中間地点をいい塩梅でどうするか。ここが本当に難しい競技だと言えます」

――難しい競技と向き合って成績を伸ばしていくとともに、高校2年生の時にはトリノオリンピックに出場します。個人スプリント19位という成績でしたが、渡部選手にとってはどんな大会になりましたか。

「1998年の長野オリンピックを実際に自分の目で見て、あの時の印象があまりに強すぎたためか、オリンピックに初めて出たからと言って特別な感慨みたいなものは正直なかったと思います。とはいえ、自分がテレビで観ていた選手たちに交じって、ウォーミングアップしたり、準備したり、同じ舞台にいるんだって思うだけで楽しい気持ちにはなりました。そういった選手たちのテクニックを盗もうと、会場を歩きながらいろんな選手のことを見て回っていたことを覚えています。でも、一番の反省点は『楽しんでばかりじゃダメだ』ということ。メダルを手にするために勝負する場所ですから。次のバンクーバーオリンピックに向かうにあたって、中途半端な気持ちじゃいけないというのは初めてのオリンピックから学びました」

「鼻をへし折られた」手首の骨折、病院から宿舎に帰ると…

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――順調に競技生活を歩んでいった中学、高校時代に、何か挫折のような経験はあったのでしょうか。

「ありましたね。高校2年生でオリンピックに出場できましたけど、ワールドカップはまだ出ていない。ジュニア世界選手権でワールドカップ出場権を手にして、高校3年生から(大会を)回るぞっていう開幕1週間前のタイミングで、手首を骨折してしまったんです。それで(ワールドカップに)出られなくなって、シーズンを棒に振り、出場できる権利もなくなりました。オリンピックに出て正直、調子に乗っていたところもありましたから、伸びていた鼻をへし折られたようでもありました」

――その初めての大きな挫折を渡部選手は乗り越えていきます。

「先輩の存在がかなり大きかったですね。8歳上とか年齢の離れたワールドカップメンバーと一緒に遠征を回っていた中、フィンランドで手首を骨折したんです。病院で診察してもらってギプスをして宿舎に帰ると、先輩たちに呼ばれました。開幕直前での怪我だったし、先輩たちから慰めてもらえるのかなと思ったら、その逆だったんです」

――怒られてしまった、と。

「そう、待っていたのは説教でしたから。日頃の僕の行動を先輩たちは見ているわけですから『そんなナメた態度で取り組んでいるから怪我をしたっておかしくない』と言われました。手が折れているうえに、心も折れました(笑)。何でこんなこと言われなきゃいけないんだって、その時は思いましたよ。でも、よくよく考えたら、その通りでした。ちゃんと自分を見つめ直していかなきゃダメだと、きっかけを与えていただきました。自分の日頃の行ないに悪い部分があるから、こういう結果を招いたのだと捉えることができましたね」

――挫折があっても挫けずに競技と向き合えた理由を教えてください。

「やっぱり世界一になるっていう、一番先に見ているものが漠然とあったからじゃないですかね。たとえば高校1年生の時、1つ上に強い先輩がいて国民体育大会(国体)も全国高等学校総合体育大会(インターハイ)も2位でした。インターハイで勝つことを目標にしていなかったため、勝ち負けより自分の競技力を伸ばすことに集中できていました。過程において一喜一憂しないことは自分の中で決めていたことでもありました。だから、手首を骨折して先輩たちに怒られた時も、確かにワールドカップ出場という大きなチャンスはここで逃がしてしまったけど、見据えるべき先があるんだから一喜一憂することなく、自分ときちんと向き合ってもう1回出直そうと思うことができたんです」

 後編では、渡部選手が「世界一になる」という目標を追った先に至った境地、ノルディック複合という競技と出会ったことで得た人生観について迫ります。

(後編はこちら)ノルディック複合界のエースがたどり着いた「真の世界一」たる姿とは

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渡部 暁斗わたべ あきと

1988年5月26日、長野県出身。北野建設所属。小学3年生だった1998年、地元で開催された長野オリンピックを生観戦したことをきっかけにジャンプを始める。中学からノルディック複合を始め、高校で本格転向。2006年トリノオリンピックに高校2年生にして初出場。以来、オリンピックには5大会連続で出場している。2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックの個人ノーマルヒルで2大会連続銀メダル。2022年北京オリンピックでは個人ラージヒルと団体で銅メダルを獲得した。ワールドカップでは2017-18シーズンに悲願の総合優勝。スキー・ノルディック複合の第一人者として競技を牽引する。

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