インタビュー
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ノルディック複合界のエースがたどり着いた「真の世界一」たる姿とは
スキー・ノルディック複合 渡部暁斗選手
「スポーツから学ぶ、成長のヒント」GROWING byスポーツくじ。今回は、スキー・ノルディック複合の第一人者、渡部暁斗選手が登場する。小学校の卒業文集に書いた「ジャンプで世界一になる」という目標。高校からは競技をノルディック複合に変え、「世界一」への挑戦を続けている。オリンピックには5大会連続出場中。ワールドカップでは2017-18シーズンに総合優勝を果たした日本のエースは今、何を考えながら競技に臨んでいるのか。後編では、「世界一になる」という目標を追った先に至った境地、複合と出会ったことで得た人生観について迫る。
(前編はこちら)ノルディック複合の第一人者が感謝 自分を見つめ直した先輩の叱咤
ワールドカップ総合優勝達成も、実感がなかった「世界一」
――「世界一になる」という目標を掲げる中、2014年ソチオリンピックでは個人ノーマルヒルにおいて銀メダルを獲得します。エリック・フレンツェル選手(ドイツ)との競り合いはまさにデッドヒートでした。「銀」という結果に対してはどのように感じていたのでしょうか。
「1994年のリレハンメルオリンピックで河野孝典さんが銀メダルを獲ってからかなり時間が空いていましたし、色はともあれメダルをここで一つ取れたことは、自分にとってもチームにとっても大きなステップでした。その意味では、まずまず満足できた大会ではあったと思います。ただ、世界一という目標に対してはオリンピックよりもワールドカップの方に意識を向けてはいました」
――ワールドカップで総合優勝することが自分の考える「世界一」だ、と。
「年間20試合以上を戦い抜いて、そこで最終的に一番だった選手の実力こそ本物なんだろうと、僕自身ずっと言い続けたことではあります。オリンピックはやっぱり運もあると思うので。ただ、世界一と呼ばれる選手はオリンピックの金メダルを持っているんですよね」
――2018年平昌オリンピックでも銀メダルを獲得。ずっとあと一歩まで迫っていたワールドカップでも2017-18年シーズン、ついに総合優勝を果たしました。世界一になったという実感はありましたか。
「いや、それがなかったんです。実力を証明できたことは間違いないんですけど、世界一になれたとは全然思えなかった。そのシーズンだけ見れば確かに世界一ではあるんですけど、総合優勝した瞬間に、比べる対象が“歴史”になったんです」
――詳しく教えていただけますか。
「競技の歴史としては、歴代の優勝者としてはどうなのか。本当に世界一になったのかと考えてみると、オリンピックでも世界選手権でも、僕は個人で金メダルを獲っていないわけです。確かにワールドカップの年間チャンピオンにはなりましたけど、世界一になるにはこれだけじゃ足りないなという感覚が芽生えました。
それに、王道を行くというか、横綱相撲で勝って、みんなに認められてこその世界一なんだろう、とも。他の選手が王道を行く戦い方で勝つと、僕が競って負けたとしても、それはそれでうれしいし、その選手を認めますよね。王道で勝っていく姿勢はもちろんのこと、言動や競技外での行動を含めて、自分が理想とする姿をより追い求めていくべきなんだろう、と思うようにもなりました」
「真の世界一」を追い求める過程で得た思考回路
――真の世界一になるための要素として、人間的な成長とも向き合っていくわけですね。その姿勢こそが、ワールドカップ、オリンピック、世界選手権で多くのメダルをもたらし、コンスタントに結果を出し続けてきた背景にあったのでしょうか。
「目に見えないものを追い求めていくことで、自分と向き合う時間もすごく増えますし、そこで得られるものも非常に多いと感じています。自分の理想とする選手像というものに対して、その日、誠実に向き合えたのか、体現することができたのか。そこがとても重要だと思いながら取り組んできました。その部分が安定感につながっていた可能性は確かにあるのかもしれません」
――高い理想を追い求めていく作業というものは、渡部選手に何をもたらしましたか。
「届きそうで届かない、雲をつかむような話ではあるんです。だからやらなくていいかというと、そうじゃない。つかめない雲をつかもうとする行為こそが、自分の人生における素晴らしい経験になっています。まずもってノルディック複合という競技がそうなんです。ジャンプの力を高めようとすればクロスカントリーの力が落ちるし、クロスカントリーの力を高めようとすればジャンプの力が落ちるという矛盾した競技。折り合いをつけながらやっていく中で、雲をつかもうとしていこうという思考回路に自然となっていったような気がします」
――ノルディック複合は人生と重なり合うようにも感じます。
「本当にそうですね。仕事と家庭だってそうじゃないですか。どちらかを上げようとすると、どちらかが難しくなったりする。その中で皆さんそれぞれいい塩梅のバランスを見つけようとしますよね。そのバランスだって日々変わってくるじゃないですか。それと一緒です。仕事と家庭だけじゃなくて、人は矛盾を抱えるいろいろなことと向き合って生きている。人生の難しさがこの競技に集約されているなって、そこは強く感じますね」
――目標に対する向かい方として、渡部選手がこだわってきたことを改めて教えてください。
「一言で言えば、物欲との決別でしょうか。社会の中で良くないことをしてお金を稼いで、自分は気持ち良かったとしても周りはそうじゃないということ、あると思うんです。ちゃんとサービスを提供したり、社会のために働いたり、そうやってお金を得ることで、周りも自分も気持ち良くできるというか。スポーツの世界も同じ。結果とかメダルとか物欲ばかりに目を向けてしまうと、どんな形であれ勝てばいいとなってしまうかもしれない。他者を蹴落とせばいいとなってしまうかもしれない。だから物欲ではなく、勝者としてふさわしい選手像を追い求めていく、体現していく。そこにこだわって結果がついてきて認められる存在になっていけば、競技に対して還元ができたり、社会課題のためにも動くことができる。そうありたいなと思い、ここまでやってきたつもりではあります」
――「今、その時」というものを凄く大事にしている印象を受けます。
「そうですね。積み上げている途中に過去を振り返る必要はないと思っています。振り返った過去に良かったポイントがあれば、そこに浸りやすくなってしまいますから。かと言って未来を見すぎるのも良くない。それこそ雲をつかむ話になるので、そこに対して考えすぎるのも良くはない。今、その循環に対して集中するということを僕は大切にしています」
競技生活と同時に取り組む環境問題と育児参加
――社会課題で言えば、二酸化炭素の排出量を減らす環境問題に取り組み、また2人の幼い子どもを持つ父親として男性の育児参加についても積極的に発信しています。
「自分にどこまで影響力があるのか分かりませんが、自分をきっかけに一人でも多くの方が環境問題に興味を持ってもらえたらいいと思っています。育児参加については、これからも家にいる時は妻を支えながら積極的にやっていきたいですし、(育児をする男性に)何か聞かれた時に自分なりの解決策というものを持っておくようにはしておきたいですね」
――2025-26年シーズンを最後に競技生活から退く意向を示しています。
「子どものことを考えても自分が遠征に出ている時間が多すぎるのもあまり良くないと思っていたので、そろそろ終わるタイミングを(考えよう)、とは考えてはいました。ある時インタビューを受けた際に『2026年でひと区切りつけようかなと思っています』という風に答えたら『渡部、引退』となっていました。本来なら最後のシーズンに臨む前に自分の口から言いたかったんですけど、うまく引き出されてしまいましたね(笑)」
――2026年にはミラノ・コルティナダンペッツォでのオリンピックが待っています。残りの3シーズンで成し遂げたいことはありますか。
「やはり勝者としてふさわしい選手像を追い求めていきつつ、その先に世界選手権とオリンピックの金メダルがつながっていればいいかなと思っています。成績としては自分が埋めていない2つのピースになるので、もし獲れれば納得して終わることができるんじゃないですかね。そのために今を、その瞬間を大切にして日々を送っていきたいと思っています」
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渡部 暁斗わたべ あきと
1988年5月26日、長野県出身。北野建設所属。小学3年生だった1998年、地元で開催された長野オリンピックを生観戦したことをきっかけにジャンプを始める。中学からノルディック複合を始め、高校で本格転向。2006年トリノオリンピックに高校2年生にして初出場。以来、オリンピックには5大会連続で出場している。2014年ソチオリンピック、2018年平昌オリンピックの個人ノーマルヒルで2大会連続銀メダル。2022年北京オリンピックでは個人ラージヒルと団体で銅メダルを獲得した。ワールドカップでは2017-18シーズンに悲願の総合優勝。スキー・ノルディック複合の第一人者として競技を牽引する。
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